天声人語 2012年9月6日(木)付
暗殺者のことを英語でアサシンと言い、その元の意味は「ハシシ(大麻)を使う人」だとされる。武勇を見込んだ若者らの魂をハシシでとりこにし、暗殺に向かわせるペルシャの「山の老人」の話が、マルコ・ポーロの「東方見聞録」に出てくる▼シリアでも似たことがあるらしい。テレビ朝日系の「報道ステーション」で、政権側民兵という人物のインタビューを見た。もらった「麻薬の錠剤」を飲んで子どもや女性を虐殺していたという。気分は高揚し、罪の意識は消える、と▼反体制派に身柄を拘束されての発言というが、事実なら、人の姿をしつつ、麻薬によって人ではなくなった者の群れだ。この民兵組織が多くの市民の殺害にかかわっていることは国連も確認している▼死者はすでに2万5千人を超えるという。その1人にジャーナリストの山本美香さんもいる。弱い立場の人に目を向け続けた人だった。葬儀の会場に、全身を包帯で覆われた赤ちゃんの写真が飾られたと聞いて、まど・みちおさんの「ガーゼ」という詩が胸をよぎった▼〈ガーゼは 傷口によりそい/生命(いのち)を まもりぬく/まっ白く あかるい/花びらのような やさしさで/どんなに どす黒く重たい/武器たちの にくしみからも〉。山本さんはこの詩をご存じだったろうか▼人道上の悲劇から人々を「保護する責任」を、国連は果たそうとしない。安保理は気位ばかり高くてガーゼの役にも立たない。大国のエゴのために、今日も救えない命がある。
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