朝晩めっきり冷え込む季節は体調を崩し易い。ちょっと風邪気味かなと思った先日、ホームセンターの家庭用品売り場で、子供時代に使っていた湯たんぽと再会した。▼亀の甲羅のようなブリキ製のアレである。昭和三十年代には、今のような軽くて暖かい寝具は出回っていなかったから、湯たんぽは欠かせなかった。ただ視線が小さいので熱湯を入れるのは難しい。毎晩母に入れてもらっていた。ネルの袋も母の手作りだった。▼作家の故向田邦子さんも回想している。「湯たんぽは翌朝までポカポカと暖かかった自分の湯たんぽを持って洗面所にゆき、祖母に線を開けてもらい、生ぬるいそのお湯で顔を洗うのである」(『父の詫び状』)。湯たんぽの周りでは、時間がゆっくり流れていた。▼もともとは中国伝来である。清代の小説『紅楼夢』にも登場するという。日本で元禄期には使われていたらしい。かつては陶製だったが、昭和初期から金属製が普及した。高度成長期に広まったガスや電気の暖房器具に追われて、ほとんど姿を消していたものの、今また注目されている。▼店頭には、ゴム製やプラスチック製も並ぶ。湯たんぽは空気を乾燥させないので、肌にやさしい。電気の消し忘れもない。こうした様々な効用が見直されている理由だろう。▼湯たんぽという名前も、とてもあたたかそうだ。「たんぽ」とは、器を叩いた時の音から来たという説と、中国語で湯たんぽを意味しる「湯婆」ぼ唐音が語源だが、それが忘れられて、「湯」が加えられたという説がある。 2006年11月6日 天声人語による
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