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朝日新聞・天声人語 平成二十四年(八月)

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发表于 2012-9-12 17:27:38 | 显示全部楼层 |阅读模式
2012年8月1日(水)付
 きょうから8月。この上旬に没後50年を迎える有名故人が何人かいると、物知りの同僚に教わった。まず5日があのマリリン・モンロー。8日は民俗学の柳田国男。そして9日はドイツの作家ヘルマン・ヘッセの命日なのだという▼おお、ヘルマン・ヘッセ――。懐かしい名前はかつて、青春前期の必読書の響きがあった。「車輪の下」「郷愁」「春の嵐」……。ヘッセを読んだことを多感な時期のささやかな記念にしている人もいよう。読書感想文の定番でもあった▼この季節に思い出すのは「青春は美(うる)わし」という短編だ。夏休み、ふるさとに帰った青年が父母や弟妹とひと夏をすごす。昔恋した少女に再会するが愛は実らない。休暇は終わり、青年は夜空に上がる花火を汽車から眺めて故郷を去っていく。詩情ただよう物語である▼流れるように過ぎる夏。青年は言う。「休暇といえば、いつだって前半の方が長いものである」。昔に読んで傍線を引いた覚えがあるのは、宿題をためる癖のゆえだったろう。8月に入ると、もう夏休みの逃げ足は速い▼月刊の文芸春秋が以前、宿題のやり方をタイプに分けていた。先行逃げ切り型は、7月中に全部終わらせて後は左うちわ。まくり型は、尻に火がついてから大車輪。他にコツコツ積み立て型、不提出型というのもあった▼最後のは除いて、どのタイプにせよ、よく遊んで、よく学ぶ夏休みがいい。夏だけではなく、青春の逃げ足もまた速い。そんなふうに文豪ヘッセは説いている。
2012年8月2日(木)付
 水俣病の研究に尽くし、被害患者と向き合ってきた医師の原田正純さんは生前、「見てしまった責任」をよく口にした。青年医師の頃に現地に入り、人間らしい尊厳を奪われた被害者を目の当たりにする▼病気のひどさはむろんだが、貧困や差別に衝撃を受けた。救済されるべき人たちは、貧乏の底で、雨戸を閉めて隠れるように生きていた。以来、この6月に77歳で亡くなるまで、水俣に一生をかけてきた。これほど純粋で胸に迫る「責任」の果たし方があろうか▼ひるがえってこの国である。多くの反発があるなか、政府は水俣病被害者救済法に基づく救済策の申請を7月末で締め切った。加害責任と救済責任を過去のものにするために、救済の「最終列車」を仕立てて、申請者を駆け込ませた印象だ▼だが、乗れなかった人も多いはずだという。被害の広がりは今もはっきりしない。なのに、地域や年齢で対象者を限った。さらに偏見への心配から申請をためらう人がいるからだ▼以前は集落ぐるみの「患者隠し」もあったと聞く。高齢の元漁師が本紙に語るところでは、「最近まで、うちんとこから水俣病を出すわけにはいかん、という空気があった。隠さんばいかんじゃった」。今回、悩んだ末に窓口に来た人が少なくない▼原田さんは亡くなる前に、「国などは『もう終わり、もうよかろう』という態度だが、終わらんよ」と言っていた。責任をほうり出して幕引きに走る図に、原発事故の今と将来を重ねていたに違いない。
2012年8月3日(金)付
 夏のオリンピックは閏年(うるうどし)にめぐり、どの大会を最初に記憶しているかで世代がわかる。筆者の場合は東京五輪で、白黒テレビにかじりついた。その五輪が残していった流行語「ウルトラC」はすっかり定着し、辞書にも収まっている▼地元開催に向けて、日本の体操男子がひそかに開発していた技(わざ)を、そう呼んだのが始まりらしい。当時の難易度はA、B、Cのみで、最難のCを超える究極の大技を意味した。以来48年、いまや技はD、E、FはおろかGにまで進化した。繰り出される超絶美技にメタボ世代は感嘆するほかない▼そのG線上で競われた男子の個人総合を、内村航平選手(23)が制した。かつてはお家芸だった体操だが、その王者とも言うべきこの金メダルはロス五輪の具志堅幸司さん以来28年ぶりという▼北京では個人総合で銀だった。「まだ色が違うので(伝統を)継げたとは思っていない。4年後、ロンドンでの課題です」と内村語録に残る。言葉どおりの見事な「お色直し」は、長い空白を埋める栄冠になった▼金メダルには、文字どおりの「勝者」に与えられる光輝がある。もちろん銀も銅も素晴らしい。だが勝負の実質となると、1人の勝者と、多くの敗者である。内村選手の金は、それを印象づけるゆるぎない強さが光っていた▼ロンドンでは連日、研ぎ澄まされた肉体と精神が躍動している。4年に一度だけ出現する夢舞台で、勝者は輝き、力を尽くした敗者もまた美しい。真剣勝負が、見る者を熱くする。
2012年8月4日(土)付
 いまの季節、暑中見舞いのはがきが職場に自宅にちらほら届く。賀状はたいてい印刷だが夏の便りは手書きが多く、読んではなごむ。わんぱく仲間だった幼なじみが、いつもながらの暑苦しい字で「涼風献上」と書いてよこしたりする▼漢字の文化はありがたいもので、「涼」の字を眺めるだけで、ふっと体感温度が下がる気になる。梅干しを見ると唾(つば)がわくのと同じ作用だろうか。納涼、涼気、夕涼み……この一字がなかったら、日本の夏はもっと暑いに違いない▼「涼味数題」という随筆を、物理学者の寺田寅彦が書いていた。「涼しさは瞬間の感覚である。持続すれば寒さに変わってしまう」と、言い得て妙だ。日本人の五感はかつて、ささやかな涼にずいぶん敏感だったらしい▼「涼味数題」という随筆を、物理学者の寺田寅彦が書いていた。「涼しさは瞬間の感覚である。持続すれば寒さに変わってしまう」と、言い得て妙だ。日本人の五感はかつて、ささやかな涼にずいぶん敏感だったらしい▼体ひとつで暑気に耐えるしかなかった時代である。涼を感じるセンスしだいで、夏は楽にも苦にもなったろう。ひるがえって今、スイッチひとつで人工冷気が部屋に満ちる。ありがたいが、そのぶん人の五感は鈍りがちだ▼〈一匙(ひとさじ)のアイスクリムや蘇(よみがえ)る〉の一句が子規にある。時は移っても、一瞬の涼に生き返るような心地が、暑い夏の幸福感なのは変わらない。炎暑に縁取られてこそ「涼」の字は冴(さ)える▼そろそろ夏休みという人もおられよう。寅彦先生はこうも言う。「義理人情の着物を脱ぎすて、毀誉褒貶(きよほうへん)の圏外へ飛び出せば、この世は涼しいにちがいない」。処世の術を忘れ、「いい人」をやめて、風に吹かれるにかぎる。遠くを眺めながら。
2012年8月5日(日)付
 オーストリアの城で「最古のブラジャー」が見つかったそうだ。外電によると、長らく放置されていた大量の布の中に、肩ひもやカップの付いたものがあり、年代測定で15世紀の作と判明した▼現在の形のブラは19世紀末の考案とされてきたから、定説を400年もさかのぼる発見だ。日本なら応仁の乱の昔である。いやもっと前から、乳房の納まりは所有者たちの思案の種だったに違いない▼胸への関心は女性に限らない。おととし、マリリン・モンロー28歳の胸部エックス線写真が、約200万円で落札された。天国の女優は不本意だろう。セックスシンボルとして、演技や歌より胸や尻が話題にされる立場に、当人はうんざりしていたらしい▼太平洋戦争の末期、航空部品工場で働く彼女を見つけたのは、取材に訪れた軍の報道班だった。写真はモデル会社の目にとまり、褐色の髪はブロンドに変わる。伝説の始まりだ▼マリリン急死の報が世を驚かせて、きょうで50年になる。享年36。自宅ベッドで裸で見つかった。遺体からは大量の睡眠薬が検出され、自殺だ、服用ミスだと騒がれた。時のケネディ大統領兄弟との親密ぶりから、謀殺説もくすぶる▼シンデレラ物語に始まり、サスペンスで終わる一代記。なお香(かぐわ)しい映像の数々は、見かけよりずっと壊れやすいノーマ・ジーンという女性と、アメリカが輝いていた1950年代の合作というところか。半世紀を経ても、マリリン・モンローは銀色のもやのように、そこにある。
2012年8月6日(月)付
 足元のアリが目にとまることがある。踏みたくはないが、人の想像力は知れていて、靴の裏で起きるアリの悲劇には思いが至りにくい。67年前の原爆投下は、人をアリと見る所業だった▼かつて米国の博物館が企画した原爆展は、地上の惨状を紹介しようとして退役軍人らにつぶされた。担当者は「彼らは原爆投下を(爆撃機が飛ぶ)3万フィートの高さから見ようとしている」と嘆いたそうだ▼広島が死んだ日、原爆をつくった科学者たちはパーティーに興じた。設計通りに爆発したことのお祝いである。なんという想像力の欠如。救いは、自責の念から木陰で吐いていた若手がいたことか(文春新書『父が子に教える昭和史』)▼ウラン型の「成功」に続き、3日後には長崎でプルトニウム型が試された。科学者は核分裂のエネルギーを制御できたと喜んだが、最後は手綱を解いて暴れるに任せるのが核兵器だ。実際、見込み違いもあった▼原爆の破壊力のうち、開発陣は衝撃波に重きを置いたとされる。だから放射線と熱線の殺傷力を知って驚いた。「起きたことは私たちの想像をはるかに超えていた」と。乾いた述懐に、日本人として平静ではいられない▼翻って原発の制御は、廃炉まで暴走させないことに尽きる。事あれば国土の一部が失われ、放射線におびえる生活が待つ。福島の教訓は、核は飼いならせる代物ではないということだ。故郷を追われた人々に思いを致し、誰もが核被害者の、いわば「アリの目」を持つ時だと思う。
2012年8月7日(火)付
 1960年のローマ五輪、マラソンはエチオピアの無名選手アベベ・ビキラが制した。裸足で走り切った逸話が残る。アベベは東京で連覇を果たし、異色ではなく偉業でオリンピック史に刻まれた▼ロンドンでも「裸足」が注目されている。義足ランナーとして初めて五輪に参加し、400メートルに出た南アフリカのオスカー・ピストリウス選手(25)だ。準決勝で敗れはしたが、同走の選手が敬意の印にゼッケンの交換を求めてきた。9日にはリレーを走る▼両すねの骨を欠いて生まれ、程なく膝(ひざ)から下を切断した。「私の義足は靴と同じ」。10代から短距離を磨き、北京パラリンピックでは敵なし。その走りに、工業デザイナーの山中俊治(しゅんじ)慶大教授は「究極の機能美」を感じた▼「ブレード(板ばね)の弾力を巧みに使って送りだされる高速の足元は、その薄さゆえに走行中はほとんど映像から消えてしまう。飛んでいるようにさえ見えた」と、近著『カーボン・アスリート』(白水社)にある▼肉体との一体感は猛練習のたまものだろう。称賛の一方で、義足は加速装置ではないのか、といった批判もくすぶる。「道具によるドーピング」の声に抗し、彼は出場規定のハードルを幾つも越えてきた。たどり着いたのがロンドンだ▼10年前に亡くなった母親の言葉がいい。「オスカー、敗者とは最後にゴールする人じゃない。はなから出場を諦めちゃう人を言うんだよ」。五輪スタジアムを包む喝采は、なるほど、勝者に向けた響きである。
2012年8月8日(水)付
 ロンドン発の映像は夕刻から生(なま)に切り替わる。仕事を終えてテレビに向き合い、そのまま未明までというスポーツ好きも多かろう。次は日中、高校野球ファンがそわそわする番である。「夏の甲子園」が始まる▼週刊朝日の増刊号に、興味深いデータがある。平成以降の23大会を集計すると、8回裏の得点が最も多いというのだ。次が9回表。終盤もつれるのは、疲れのせいだけではない。勝ちを急いでの四球や失策、勢いづいてのつるべ打ちなど、若さゆえの「心の振れ幅」が数字に透ける▼晴れの舞台には女神もいれば魔物も棲(す)み、両者が組んず解(ほぐ)れつとなるのが8回から9回らしい。負けたら終わりの戦いは、思わぬ頑張りを球児から引き出す。最後まで目が離せない理由だ▼五輪でも同世代が輝いた。400メートル個人メドレーで銅メダルの萩野公介さん(17)は「すごい夏休みでした」と語る。怪物フェルプス選手らとの戦いは、何ものにも代えがたいはずだ。体操の寺本明日香(あすか)さん(16)は大舞台にも動じない演技で、次代のエースに躍り出た▼伸びるのは勝者だけではない。真剣勝負は敗者も大きくする。手加減を知らぬこの季節、まぶしい光も、濃い影も、伸びしろが大きい若者にはすてきな経験である▼山あり谷ありの人生こそ、筋書きのないドラマといえる。いま6回裏あたりの当方、心躍る攻防もないまま、きのう抽選のジャンボ宝くじはまた外れた。せめて寝不足の目をこすり、若々しい一投一打に精気をもらうとする。
2012年8月9日(木)付
 立秋すぎて暑いのはいつものことだから我慢しよう。五輪や甲子園が熱いのも当たり前。どうにもならないのが永田町の不快指数である。消費増税案の採決をめぐる駆け引きが、またぞろ政争に転じた▼総選挙を待ちきれない自民党は、野田首相に早期解散の確約を迫る。さもないと増税の合意はご破算だと。党首会談の結果、増税法案の成立と「近いうち」の解散で合意したが、その時期はどうにでも解釈できる。選挙が怖い民主党内では「野田おろし」の気配もあるらしい▼消費増税は世論を二分する苦い政策だ。だが、これほどの財政赤字を放置すれば国家の信用が揺らぐ。決められない政治に、市場は「日本売り」の準備を始めよう。金利は上がり、住宅ローンや景気に響きかねない▼そもそも、借金を子や孫に回す生き方を省みる時である。自省の末とみえた3党合意が、ひと皮むけば政局とは呆(あき)れる。一に当選、二に入閣、三四がなくて五にゴルフ、そんな「旧型」議員が多すぎないか▼来(きた)るべき政界再編では、複数の「政策党」と一つの「政局党」に分かれてほしいものだ。政争が好きな政局党はそのうち消えてなくなる。政界に未練のある議員は、縁のある政策党に選挙対策の「軍師」として雇われたらいい▼〈政治家の顔みたくなき暑さかな〉三上触男(ふれお)。さすがに脂ぎった面相は減ったけれど、していることが古臭い、そして大人げない。政権交代の予感に満ちた3年前の熱はどこへやら、ひたすら暑苦しい夏である。
2012年8月10日(金)付
 式は今年も、被爆者の合唱団「ひまわり」の歌で始まった。●もう二度と作らないで わたしたち被爆者を――(●は歌記号〈いおり点〉)。メンバーの胸に咲く黄色の大輪は、脱原発の集会でもなじみの花である▼原爆の日を迎えた長崎。田上富久(たうえ・とみひさ)市長は平和宣言で、去年に続き原発事故に触れた。「放射能に脅かされることのない社会を再構築するため、新しいエネルギー政策の目標と、そこに至る明確な具体策を示して下さい」▼広島市長も、先の宣言で「市民の暮らしと安全を守るエネルギー政策」を求めた。傷あとに根ざす被爆地からの訴えは重い。放射能の恐ろしさを知り尽くす人と土地がいま欲するのは、原子力を「乗り越える」ことではないか▼「第三のヒバク地」福島も、広島、長崎との連帯に動く。両市は放射能の怖さを語る証人であり、復興の目標でもある。炎暑に巡り来る二つの式典は、平和とともにエネルギーの将来に思いをはせる日となった▼被爆者の平均年齢は80歳に迫る。「もう二度と」の願いは、あろうことか国内で裏切られた。核の真実、本質を肌に刻んだ人たちが元気な間に、太陽光なり風力なり、生き物に優しい自然の恵みを「一人前」の資源に育てたい▼長崎からの放送を、エアコンのない部屋で見た。うまい具合に涼風が吹くこともなく、セミの合唱だけが網戸を抜けてくる。節電が習いとなり、暑さには多少の免疫ができた。世にそれがあるうちが大転換の好機となる。少なくとも、何十年という悠長な話ではない。
2012年8月11日(土)付
 植物図鑑を書き換えたい。ナデシコはもう花の名を超えている。〔日本原産の多年草。厳しい環境に強く、夏の早朝に銀色の大輪をつける。花言葉=明るい忍耐〕。花色はもどかしいけれど、女子サッカーの悲願がロンドンで咲いた▼ブラジル、フランスとの苦闘を制し、はい上がったピッチに、宿敵が待つ。最上の舞台で、最良の仲間と、最強の相手にぶつかる幸せ。代表歴が18年を超す沢穂希(ほまれ)選手は、「最高の夏」を口にした▼8万人を集めた聖地、ウェンブリースタジアム。五輪3連覇を目ざす米国に、攻守とも引けを取らなかった。悔しさと、手にした自信の大きさを、八分咲きの笑顔が語る▼頂点を見据えれば、決勝までの6試合はひと続きのゲームといえた。批判もあった1次リーグでの引き分け狙いは通過点だ。佐々木則夫(のりお)監督が「私の指示です」と記者団に認めると、宮間あや主将は「すべてを背負ってくれたノリさんの思いを無駄にしない」。いいチームだった▼将来をかけた舞台でもあった。W杯優勝で沸いた人気も、注目の五輪でしくじれば泡と消え、不遇に戻りかねない。重圧に耐えてのメダル一つで、どれほどの少女がボールを追い始めることか。中にきっと「明日の沢」がいる。種(たね)は確かにまかれた▼おめでとうの前に、ありがとう。思えば震災以降、彼女たちの活躍がなければ、日本はもっと沈んでいただろう。花の名を元気の素(もと)にしてしまうスポーツの底力を思う。なでしこ、今はまぶしい愛称である。
2012年8月12日(日)付
 大志を抱け、と言うわりには「青年の向こう見ず」に世間は寛大ではない。堀江謙一さんがヨットで太平洋単独横断を成したときもそうだった。日本では快挙を讃(たた)えるより、無謀だの密航だのと難じる声が目立った。いつの時代も、出る杭は打たれる▼正規の出国に手を尽くしたが、冒険航海にパスポートは出なかった。やむなく夜の港からこっそり出航する。94日の航海ののち、米サンフランシスコに到着して、きょうで50年になる▼米国では密航扱いどころか大歓迎された。つられるように国内の空気も変わる。一躍、時の人になったのは戦後昭和史の伝説だ。冒険や探検を大学などの権威筋が牛耳っていた時代、それとは無縁な一青年の「大志」は、新しい挑戦となって羽ばたいた▼『太平洋ひとりぼっち』を読み直すと、ミッドウェーあたりの記述が印象深い。「夕陽(ゆうひ)がからだをいっぱいに包む。長い黙祷(もくとう)を捧げました。……多くの海の先輩たちが散っていったところなのだ。……ぼくはいま花束を持っていない。許してください」。戦争の記憶はまだ色濃かった▼振り返るとその年には、国産旅客機YS11が初飛行し、世界最大のタンカー日章丸が進水している。高度成長の矛盾を抱えながらも青年期の勢いがこの国にあった▼73歳になった堀江さんは、4年前にもハワイ―日本を単独で航海した。なお現役の冒険家は、特別なことはせずに記念日を過ごすそうだ。青年の気を忘れぬ人である。懐旧に浸るのはまだ早いらしい。
2012年8月13日(月)付
 実話か作り話か定かではないが、こんな話を聞いたことがある。昔、乾燥地の国から来た客人が、ひねると水がほとばしる蛇口を見て「土産に欲しい」と熱望したそうだ。水道を知らなかったので、蛇口が奇跡の水源に見えたものらしい▼時代がかった話だが、命の水に事欠く人は今も少なくない。国際協力機構(JICA=ジャイカ)の発行するジャイカズ・ワールド8月号が「一滴の重み」と題して特集している。その表紙、蛇口の水を両手で飲むアフリカの少女の写真が目を引く。したたる貴重な水は、透き通った宝石のような輝きだ▼水を欲して飲むとき、人はだれも真剣な顔になる。少女も一心そのものだ。のどを通った水は胃に落ちて五体をみたす。この蛇口ひとつに、どれだけの人が命をゆだねているのだろうと思う▼日本では、1人1日平均で約370リットルも使うそうだ。体重が60キロなら重量は6倍を超す。片や世界には安全な水を得られない人が8億人近くいる。水は天下の回りものだが、「一滴の格差」は著しい▼「水道のせん」という詩が、まど・みちおさんにある。〈水道のせんをひねると 水が出る/水道のせんさえあれば/いつ どんなところででも/きれいな水が出るものだというように……〉と、日ごろの勘違いを戒める言葉が続く。そう、蛇口は魔法の水源ではない▼乾いた大地から一滴一滴をしぼり取るように生きる人々に、思いをはせたい。天与の水を当たり前とせず、水清くゆたかな国土への感謝とともに。
2012年8月14日(火)付
 少しばかりの寂しさと、心地よい疲労を残してロンドン五輪が終わった。日本選手団のメダルは過去最多の38個。これにて彼らは重圧から、我らは寝不足から解放される▼アーチェリーで銀を取った古川高晴(たかはる)選手(28)が、メダルの重みをこう言い表していた。「肩に掛かっていたものが今、首に掛かっています」。積み上げた精進、周囲の期待、双肩にはもろもろがずしりと乗っていたのだろう▼日の丸を背負う、と言う。国を代表する高ぶりを、肩から首に掛け替えられた者は限られる。意思だけではどうにもならないのが肉体だ。片や、短距離3種目を連覇したボルト選手あたりを見ると、絶対的な実力というものも認めざるを得ない。人間への興味は尽きない▼スポーツの祭典に水を差す出来事もあった。男子サッカーで日本を下した韓国の一選手が、「独島(トクト)はわが領土」という紙を掲げた件だ。大統領の竹島(独島)上陸に呼応したナショナリズムは、政治を持ち込まないという五輪精神にもとる▼国際社会の現実を前に、五輪の建前は旗色が悪い。「地球村の運動会」の間にも、シリアの内戦は激しさを増した。それでも、人間の能力を信じ、平和の貴さを互いに確かめる夏祭りが4年おきにあるのは悪くない▼国際社会の現実を前に、五輪の建前は旗色が悪い。「地球村の運動会」の間にも、シリアの内戦は激しさを増した。それでも、人間の能力を信じ、平和の貴さを互いに確かめる夏祭りが4年おきにあるのは悪くない▼次の聖火がリオの空にともる頃、世界は少しは前に進んでいるだろうか。日韓はうまくやっているか。それもこれも、人の肉体ではなく意思一つにかかる。例えば100メートルで9秒5を切るより、ずっと易しいはずだ。
2012年8月15日(水)付
 古代ギリシャの詩人ピンダロスは歌う。「戦いは知らざる人には甘美なれど、知る人はその近づくをあまりにも怖(おそ)れる」。世のため国のため、勇ましい男たちが活躍するなど絵空事で、現実の戦争はむごく醜い▼本紙が募った「八月の歌」の入選作に、〈赤紙とおびただしい血と燃える火と赤、赤、赤のノンフィクション〉がある。愛知県立起(おこし)工高3年、長野薫(かおり)さんの一首だ。途方もない戦争の真実に絶句するのも、若い世代には貴い経験だろう▼本紙が募った「八月の歌」の入選作に、〈赤紙とおびただしい血と燃える火と赤、赤、赤のノンフィクション〉がある。愛知県立起(おこし)工高3年、長野薫(かおり)さんの一首だ。途方もない戦争の真実に絶句するのも、若い世代には貴い経験だろう▼終戦から67年、日本は幸いにも殺し合いをしていない。人口の78%が戦後に生まれ、悲惨を語れる人は2割いようか。「フィクション」が紛れ込まないよう、体験談を大切に語り継ぎたい▼戦没学生の遺稿集『きけ わだつみのこえ』(岩波書店)にも歌がある。〈激しかりし敵火の中に我と生きし邦子(くにこ)の写真眺めつ想(おも)う〉。早大を出て、敗色漂う1944(昭和19)年秋からフィリピンなどを転戦した陸軍中尉である▼新妻への手紙には「何百枚でも邦子の写真が見たい」とある。その人を二度と抱くこともなく、24歳の彼は鹿児島沖で戦死した。愛する者への思いに今昔はない。これを軟弱とさげすむ世には戻すまい▼「わだつみ」の出版に尽くした医師中村克郎さんは、1月に86歳で亡くなった。語り部、伝え手を連れ去る歳月は、非情にして優しく、滴るばかりの悲しみをセピア色に染めてゆく。しかし私たちが時の癒やしに甘えては、平和を知らずに息絶えた人に顔向けできない。
2012年8月16日(木)付
 「殿、ご乱心」などという。暴走を始めた権力者は手に負えず、国民と周辺国に災いをもたらす。近間では北朝鮮の「金王朝」が一例だが、同根の韓国で李明博(イ・ミョンバク)大統領の言動がおかしい▼竹島に上陸したのに続き、天皇陛下の訪韓を巡り「訪れたいなら、独立運動の犠牲者に心から謝るのがよい」と語ったそうだ。そもそも訪韓を請うた本人である。「来たけりゃ謝れ」では、けんかを売るに等しい▼大統領は、過去の問題で日本側に誠意が見えないと「乱心」を正当化するが、どうだろう。支持率は2割を切ったという。韓国内でも、斜陽の為政者が日本批判で大衆受けを狙った、との見方がある▼親日、未来志向だったトップが豹変(ひょうへん)したからといって、国民が反日で固まるわけではない。「殿」は半年で去る身だ。ここは冷静に、かといって弱腰に陥ることなく、先方とは違う「大人の対応」で臨みたい▼きのうの光復節には、俳優らが本土から竹島までを泳ぐ茶番もあった。不法占拠のついでに、やりたい放題である。他方、わが国が実効支配する尖閣諸島には、中国領と主張する香港船が押しかけ、14人が沖縄県警などに逮捕された。うっとうしい話だが、気を張って国内法で応じていくしかない▼日本領海、波高し。こうなれば自衛隊常駐だ、核武装だと熱くなってはいつか来た道だ。どんな時でも、国民とメディアが「正気」を保てれば道を大きく誤ることはない。数百万の命と引き換えに、日本が学んだことの一つである。
2012年8月17日(金)付
 丈夫な布地といえば、肌ざわりもさわやかな木綿(もめん)がまず浮かぶ。木綿の破れにくさを語るエピソードが、冒険家の植村直己さんにある。1984年、北米最高峰マッキンリーで遭難した時の旗の話だ▼単独で登頂した後の消息は不明だが、捜索隊は山頂に残る日米の国旗を回収した。強風に3カ月うたれた実物を、東京の植村冒険館で拝見したことがある。化学繊維の星条旗はあらかたちぎれ飛んでいたのに、木綿の日の丸はほぼ無傷だった▼ところが、化繊もやるもんだと見直した記事がある。米航空宇宙局(NASA)のアポロ計画で、月に立てられたナイロン製の星条旗が健在らしい。月は無風だが、昼夜で300度近い温度変化と、強い紫外線に40年も耐えたことになる▼米国は69~72年、月面着陸を6回成功させ、そのつど国旗を残してきた。探査機LROが上空から撮影した画像を調べると、5カ所の着陸地点で旗の影が確認できたという▼国旗を立てる行為は「領有」の意思表示ともなる。天体を領土にすることは宇宙条約が禁じているが、そこは一番乗りの名誉。米国民はいま一度、スーザの代表曲「星条旗よ永遠なれ」の高揚を感じているだろう▼ロンドン五輪で50回近く流れた米国歌の題も「星条旗」というから、かの国の旗への愛着がしのばれる。しかし強さと憎さはコインの表裏。地球の津々浦々でこれほど燃やされてきた国旗もあるまい。ちなみに、木綿は主成分が紙と同じセルロースで、よく燃えるそうだ。
2012年8月18日(土)付
 将棋で、長考(ちょうこう)に好手なしという。時をかけても巧(うま)い手は浮かばないと。羽生善治(はぶ・よしはる)二冠によれば、要は「ムダな情報は捨て、たくさん考えないこと」。何を捨てるかで、積んできた経験が生きる▼棋士はこうも語る。「どちらの手にするか、1時間2時間と考えた末に三つ目の選択肢が浮かぶ。正しい時もあるが、外れが多い気がする」。ところがわが政界では三つ目、つまり民主党でも自民党でもない第三極がモテモテである▼「大阪維新の会」が、国政へと動きだした。二つの大政党が「近いうち解散」で握り、秋にも総選挙という情勢になったからだ。会を率いる橋下徹大阪市長の人気を衆院の議席につなげるために、何はともあれ候補者をそろえねばならない▼国政政党として小選挙区と比例区に重複立候補するには、現職5人以上が条件となる。すでに約20人の国会議員から合流の打診があるという。寄らば維新の陰で、弱い現職は新党の人気にあやかりたい。われ先にと、大小の「泥船」を脱する図だ▼ただし橋下氏の思惑は違って、政治の中心を仕切ってきた人、例えば安倍晋三氏などと組みたいらしい。思想は保守、小さな政府と分権、手法はトップダウンだろうか。まずは彼らが描く日本と公約を見定めたい▼A党はイヤだからB党、B党がダメなのでC党……。かれこれ20年、有権者は早指し将棋よろしく「直感の一票」を投じてきたが、いよいよ長考の時である。むろん新聞やテレビも。次が「外れ」なら国が詰む。
2012年8月19日(日)付
 暦の上の立秋は早いが、お盆を過ぎると暑さも「残暑」の名が似合ってくる。あざやかだった緑も心なしか黒ずんで、人にも景色にも夏の疲れが浮いている。ゆく夏と競走するように蝉(せみ)の合唱ばかりが近所の公園林でかまびすしい▼〈蝉は鳴く 神さまが竜頭(ねじ)をお捲(ま)きになつただけ/蝉は忙しいのだ 夏が行つてしまはないうちに ぜんまいがすつかりほどけるやうに〉。三好達治の詩に思わずうなずく蝉時雨(しぐれ)である。炎天の蝉声(せんせい)は暑さを割り増しにする▼それとは逆に、「涼」の字を見ると体感温度が下がる気になると先に書いたら、いくつか便りを頂いた。淡い墨で「涼」と大書されたはがきは、眺めて風が吹く心地がした。凉(すず)さんという女性からのお手紙もあった▼さんずいではなく、にすいの凉だが意味は同じだ。旧姓は谷川さんだそうで、「何より夏向きの名前です」。高齢とおぼしき男性は「たたずまいやセンスの涼しい人に憧れる」と書いていた。達筆の文面に、唐突だが向田邦子さんのエッセーが脳裏に浮かんだ▼その涼やかな一節。「水羊羹(みずようかん)の命は切口と角(かど)であります。宮本武蔵か眠狂四郎が、スパっと水を切ったらこうもなろうかというような鋭い切口と、それこそ手の切れそうなとがった角がなくては、水羊羹といえないのです」。見事なセンス、水羊羹を買いに走りたくなる▼今週もきびしい残暑が続くという。心身双方で涼を味わいながら秋の便りを待ちたいものだ。体をいたわり、蝉は鳴くに任せておいて。
2012年8月20日(月)付
 ベトナム戦争のころ、米軍が高性能の攻撃用ヘリを作り、開発にかかわった技術者らがどんなパイロットを乗せるか合議した。結論は、「理学系博士課程の学力があり、五輪選手級の運動神経を持つ、自殺志願の男性」。航空自衛隊医官や早大教授をつとめた故・黒田勲さんから聞いた話だ▼性能を高めたいあまり、危険で操縦の難しい航空機を作りたがる。そうした軍幹部や技術陣への皮肉として語られていた話らしい。垂直離着陸で売るオスプレイを、いやでも連想してしまう▼4月にはモロッコで墜落事故を起こした。予想通りと言うべきか、米軍は先日、主原因は操縦ミスだったと公表した。操縦士の失点にして一件落着させるのは、昔の事故調査を見る思いがする▼機体に問題はなく、要するに「操縦士がしっかりしていれば事故は起きなかった」という結論だ。だが機体の問題とは、何かの不具合だけではあるまい。ヘリと飛行機の二兎(にと)を追った設計である。どこか飛行に無理があるなら、それ自体が問題をはらんでくる▼ヒューマンエラー研究の草分けだった黒田さんは「人間のせいにすれば対策は安くなる」と指摘していた。たとえばの話、「しっかりやれ」と指導すれば格好はつく。だが、むろん抜本的な対策ではない▼ともあれ、これで「安全は確認された」と肯(うなず)けるものだろうか。沖縄の普天間飛行場は市街地が隣接して「世界一危険な基地」と言われる。10月配備の台本に沿って事を進めるなら、乱暴にすぎる。
2012年8月21日(火)付
 「魚というやつは面白い」と食通の魯山人(ろさんじん)は言う。「じっと目を放さずに見つめていると、なかなか焼けない。ちょっとよそ見をすると、急いで焦げたがる」。無人の領土も似ていて、政治が「放置」してきた尖閣諸島が黒煙を上げている▼香港の活動家に続いて、日本の地方議員ら10人が魚釣島(うおつりじま)に上がった。純然たる日本の領土で、日本人が日の丸を振る。「何が悪い」と言いたいところだが、日本政府の懸念通り、中国側が収まらない▼国営テレビが伝える「右翼上陸」の報に、かねて準備の反日デモは20を超える都市に広がり、地方では日本車や日本料理店が壊された。「公安」と大書されたパトカーもひっくり返った▼ネットで増幅された大衆の不満は、たやすく体制へと向かう。世代交代を控えた指導部は、弱腰批判をかわすため、外交、軍事の両面で日本に強く出ざるをえないだろう。孤島の黒煙は、日中関係という燃えやすい木造家屋を炎上させかねない▼豊かな海底資源を知った中国が、尖閣の領有権を言いだして約40年。日本政府は先方を刺激せぬよう、島に触らず触らせずできた。少しでも領有の実績を重ねていたら、と思う。韓国は頼まれもしないのに、わが竹島を「開発」している▼官民の挑発合戦は、領土問題をこじらせるだけだ。折しも、日中韓そろって政権の変動期に入る。歴史問題を含む極東の戦後に終止符を打つべく、3国は腹を割って仕切り直す時だろう。沈着と決然の火加減が、いよいよ難しい。
2012年8月22日(水)付
 戦争ジャーナリストは割に合わない仕事である。殺し合いの愚かしさを伝えるために我が身まで狂気にさらすのだから。しかし、男でも女でも誰かがやらないと、情報戦のウソで塗られた戦場の真実は見えてこない▼シリア内戦を取材中の山本美香(みか)さん(45)が殉職した。所属するジャパンプレスの代表で、行動を共にしていた佐藤和孝さんによると、アサド政権側の兵士に近くから乱射されたという▼現場となった北部の大都市アレッポでは、政府軍と反体制派の激戦が続く。山本さんらは隣国トルコから入国し、日本テレビのニュース用に映像リポートを送っていた▼新聞記者の娘に生まれた山本さん。ビデオカメラを手にアフガニスタン、イラク、コソボなどの紛争地を転戦してきた。154センチと華奢(きゃしゃ)ながら、弱者に寄り添う目で暴力を射抜き、帰国すれば子どもたちに平和の貴さを説いた▼「戦場で何が起きているのかを伝えることで……いつの日か、何かが変わるかもしれない。そう信じて紛争地を歩いている」(『ぼくの村は戦場だった。』マガジンハウス)。危険は覚悟の上でも、生き抜いて伝えてこその仕事と知る人である。「戦死」ぐらい無念な最期はあるまい▼去年、10代向けに書いた『戦争を取材する』(講談社)はエールで結ばれる。「世界は戦争ばかり、と悲観している時間はありません……さあ、みんなの出番です」。どんな道に進むにせよ、女の子も男の子も、平和を願った彼女の遺志だけは継いでほしい。
2012年8月23日(木)付
 東北のある地方では、水害を招くほどの降りを「大抜け」と呼ぶそうだ。雨乞いが効きすぎたと悔やむ間もなく、空が抜けたような雨が実りかけの田畑を襲う。降っても降らなくても、農業は気がもめる▼米国が半世紀ぶりの干ばつだという。農務省によると、世界の4割を占めるトウモロコシと大豆の生産は前年より12~13%減り、1988年以来の凶作が見込まれる。コメどころのアーカンソー州も「ああ乾燥」州らしい▼「世界の穀倉」が干上がれば、相場は跳ねる。すでに高値のトウモロコシを家畜の餌と侮るなかれ。牛や鶏の肥育費、ひいては食肉、牛乳、卵などの値を押し上げるからだ。大豆はしょうゆ、食用油に、小麦はパンや麺類の価格に響く。食卓直撃だ▼家計への影響は、冬にかけて世界中に広がるだろう。こうなると、自給率が低く、安全保障ばかりか食糧も米国に頼る日本はつらい。守るべきは農業だと痛感する▼電気やガスが止まっても煮炊きはできようが、鍋釜が空では始まらない。頼れるのは国内の農地と、その担い手だ。稲作さえ軽んじる世はそれこそ「大抜け」である。コメという食の砦(とりで)があってこその暮らし、そして国だろう▼さて、米国産トウモロコシの4割は人畜ではなく車が食べるとか。ガソリンに混ぜるバイオ燃料だ。環境に優しいのはいいけれど、それは平時の話。地球に気を配るあまり飢えたのでは、元も子もない。今夜の献立から明日のエネルギーまで、天の気まぐれは示唆に富む。
2012年8月24日(金)付
 喫煙していた遠い日の話である。いつもの銘柄を切らし、いやしく一本もらうのはたいてい「マイルドセブン」だった。それほど売れていた。35年前に登場したこのロングセラーが、名を「メビウス」に改める▼一因は、たばこの商標をしばる欧州連合(EU)の規制らしい。EUは2003年、体に優しい印象を与えるマイルド、ライトなどの使用を禁じた。日本たばこ産業(JT)は、欧州に挑んで間もないマイルドセブンを泣く泣く回収したものだ▼騒ぎを現地で取材した。JTは「マイルドセブンはひとつながりのブランド」と反論したが、EU側は「マイルドの名がそれほど大切なら、欧州ではヨーグルトにでも使えば」と冷たかった▼EUは、世界市場に開かれた高級たばこのショーウインドーだ。国内無敵の品が不戦敗では惜しいと考え直したか、JTは味を変えずに、内外とも新名のパッケージで売り出すという。伝統の名を捨ててでも、世界一を争う銘柄に育てる覚悟がのぞく▼健康志向と増税の末に、日本の喫煙率は20%を切った。あれほど吸っていた男性も、スモーカーは3人に1人。政府は、10年で喫煙率を12%まで下げると意気込んでいる▼JTが海外に活路を探るのは、国内市場の先細りをにらんだ苦肉の戦略といえる。ブランドの変更も理にかなうが、欧米のたばこ包囲網は狭まる一方で、高い成長を見込める国は限られる。かくして手を替え品を替え、時には名も変えて、紫煙は途上国へと流れてゆく。
2012年8月25日(土)付
 日米開戦の前夜、ルーズベルト米大統領が昭和天皇にあてた親書は、戦争回避を呼びかける趣旨だった。宮中に届いたのは真珠湾攻撃の25分前だったが、一触即発の国と国にも残された細い糸、それが親書だろう▼韓国大統領の竹島上陸をいさめる野田首相の親書が突き返された。儀礼上、前例のない扱いである。外交が通じない元首は困る。外務省は、非礼には欠礼でとばかり、親書を返しにきた韓国の外交官を門前払いした。先方はなお熱くなる▼親書は結局、大使館から霞が関までの約3キロを書留郵便で戻ってきた。「持参禁止、郵送可」の不思議。再送しない方針を、玄葉外相は「外交の品位」と説いた。一連のやりとりで浮かんだ童謡がある▼〈しろやぎさんから おてがみついた/くろやぎさんたら よまずにたべた/しかたがないので おてがみかいた/さっきのおてがみ ごようじなあに〉。まど・みちおさん作詞の「やぎさんゆうびん」だ。歌は白と黒を入れ替えて続く▼日韓は二匹のやぎさんのように、普通のコミュニケーションが成立しない仲になったらしい。口論の末の「表に出ろ」は殴り合いの合図、ここは「出るところに出よう」が正しい。わが国の勧めに応じ、国際司法裁の判断を仰ぐことである▼サッカーW杯の共催から10年、両国は文化や芸能で交流を深めてきた。こうした草の根の付き合いこそ、数百通の親書にも匹敵する「保険」だろう。一人ひとりが紡いできた細糸の束、これだけは切るまい。
2012年8月26日(日)付
 近ごろの若い者は、に続けて「東郷平八郎と東条英機の区別もつかない」などと嘆かれた覚えが筆者の世代にある。戦争への無知と風化は、そのころから心配されていた。いまや先の戦争はむろん、冷戦時代を知らない世代が大人になりつつある▼時はただ過ぎに過ぎる。戦争を伝え継ぐ難しさをあらためて思う夏、『孫たちへの証言』という戦争体験集を今年も送っていただいた。前にも書いたが大阪で毎年刊行され、この夏で第25集をかぞえる▼出版社を営む福山琢磨(たくま)さん(78)が損得抜きで編集してきた。毎年、全国から原稿を募集して丹念に目を通す。掲載候補を選び、一つひとつ、手紙や電話で問い合わせて筆を入れていく。頭の下がる根気仕事だ▼四半世紀の応募は1万6千編を超え、収録は1989編におよぶ。今年の一冊には67編が載った。戦陣訓を守って命を絶った従軍看護婦、機銃掃射を浴びて校庭で死んだ児童――戦争の実相は大所高所より細部に宿り、庶民の戦争録はずしりと重い▼だが今年、福山さんは気がかりだ。応募が過去最低の259編に減った。前年は661編あり、千編を上回った年も多い。高齢化に加え、震災など社会や政情の不安が気力を殺(そ)いでいるのか。激減をどう読み解けばいいか、考えあぐねている▼記憶は消えるが記録すれば生き続ける。ひらがな一字の違いに福山さんは志と熱を注いできた。気を新たにして次の募集を始めるそうだ。風化にあらがう背中に、後続の世代は教えられる。
2012年8月27日(月)付
 物語や小説の書き出しというものを、はじめて意識したのは〈メロスは激怒した〉だったように思う。ご存じ、太宰治の名短編だ。速球のようにまっすぐな冒頭は、話の面白さと相まって、田舎の少年の心のミットにぴしりと収まった▼遠い昔のことを、東京の紀伊国屋書店新宿本店の小さな催事をのぞいて思い出した。小説の作者と題名を伏せて、書き出しの一文のフィーリングで文庫本を買ってもらう。面白い試みが評判を呼んでいる▼書き出しだけを印刷したカバーで本をくるみ、固くラッピングしてあるから、買って開けるまで中身は分からない。棚にはとりどり100冊が並び、「本の闇鍋(やみなべ)」というネット評が言い得て妙だ▼作家が精魂を込める一行目である。目移りするのも、また楽しい。2冊買ってみた。〈あのころはいつもお祭りだった〉と、〈昨日、心当たりのある風が吹いていた。以前にも出会ったことのある風だった〉。名を知るのみだった作家2人と、思わずめぐり合う縁(えにし)を得た▼このところ、書店は活字離れやネットに押されて苦境が続く。この10年に全国で3割も減ったという。一方で、興味の偏りがちなネット買いとは違う「本との出会い」を演出する試みが盛んだ▼偶然手にした一冊で人生が変わることもあろう。〈真砂なす数なき星の其中(そのなか)に吾(われ)に向ひて光る星あり〉子規。星を「本」に言い換えて、こぼれんばかりの書棚を眺めれば、自分を呼ぶ一冊があるような気がする。閃(ひらめ)く一瞬を見逃すなかれ。
2012年8月28日(火)付
 「静かの海」と聞けば、天文小僧だった12歳の夏に引き戻され、胸が熱くなる。月に浮かぶ「餅つきウサギ」の顔あたり、1969(昭和44)年、ここにアポロ11号が着陸した。人類初の一歩は日本時間の7月21日、月曜日の正午前だった▼左の靴底でそれを刻んだニール・アームストロング船長が、82歳で亡くなった。名言「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」は、月面に着陸してから考えたそうだ▼19分後、着陸船のバズ・オルドリン操縦士が続く。眼前に広がる景色を眺め、両者が交わした言葉もいい。「これ、すごいだろう」「壮大にして荒涼の極みだね」。人類初の月上会話である▼残るマイケル・コリンズ飛行士は司令船から見守り、はるか地球には米航空宇宙局(NASA)のスタッフたち。幾多の脇役と裏方に支えられ、「人類」を背負う重圧はいかばかりか。着陸時、船長の脈拍は156を数えたという▼以後、17号までのアポロ計画で、事故で引き返した13号以外の6回が成功、計12人が月面を踏んだ。しかし一番は永遠に一番だ。栄光を独り占めしたという罪悪感もあってか、物静かな船長は英雄視を嫌い、華やかな席や政界への誘いを拒み続けた▼静かの海の足跡は、人類史に刻まれただけではない。少年少女を宇宙へといざない、たくさんの後輩を育てることになる。東西冷戦、ソ連との競争の産物ではあるが、ここまで世界を沸かせ、夢を見させた一歩を知らない。
2012年8月29日(水)付
 ありがた迷惑というものは、不平のやり場に困る。お隣からの頂き物が口に合わない時、あとで型通りの礼を言おうものなら「よろしければもう少し」となりかねない。善意は時に恐ろしい▼スペイン北東部の教会に描かれたキリストの絵。地元の老婦人が修復に挑んだところ、「毛だらけのサル」に化けた。確かに原画の悲壮は影もないが、そこに悪意は見当たらない▼在フランスのフレスコ画家、高橋久雄さん(76)に、壁画修復の鉄則をお聞きしたことがある。要は勝手にいじらぬこと。ひなびた聖堂の宗教画には、無名の筆が心血を注いだ作が多い。拙(つたな)いなら拙いまま、忠実に再現するのが礼儀という。無論、うまい絵はうまいままに▼逆をやらかした80代の自称画家は、あまりの悪評に寝込むまでの落ち込みようだった。ところが、騒ぎが報じられるや「ムンクを思わせる」といった声がわき、教会には見物の人波が絶えない。「サル」のまま残し、町おこしの名所にする案も聞かれる▼ユーロ危機の下、ささくれた出来事が目立つスペインだけに、ほんわかした話題は貴いのだろう。「これでまた、お気楽な国という評判が広まるね」。絵を見に来た男性がテレビで語っていた。地中海の陽光のような笑顔である▼世の中、何が幸いするか分からない。かりに高橋さんクラスに修復を任せていたら、ここまで劇的な展開はなかった。「取り返しのつかない話」にも、何とかなるものが結構ある。おばあちゃん、一緒に笑おうよ。
2012年8月30日(木)付
 レストランの客が言う。「このステーキ小さいね」。店主は「大きいのがよろしければ、次から窓際へどうぞ」。外から見える席は客寄せの広告、という笑い話である。はかま満緒(みつお)さんの本からお借りした▼国会という高級レストランの窓際で、民主党と自民党が殴り合っている。この「逆宣伝」で客足は遠のき、近日開店の「大阪維新の会」に黒山の人だかり――。今の政治状況はそう例えられようか▼「近いうち解散」を遅らせたい民主と、早く総選挙がしたい自民。消費増税では組んだ両党だが、野田首相への問責可決で対立が決定的となった。党略うず巻く国会は、定数是正の宿題を放り出し、毎度の開店休業に入る▼これでは、与野党で大阪維新を応援しているも同じだ。維新の橋下代表は、定数削減でも「衆院半減、参院廃止」と歯切れよい。国会が無様を重ねるほど、橋下流の「激辛公約」が有権者をとらえる▼維新は、合流を望む国会議員を招いて討論会を催すという。「客引き」せずとも票と現職が転がり込むのだから、橋下氏が「いよいよ面白くなる」とご満悦なのも当然だ。その弁舌はさておき、二大政党の評判が地に落ちた時に「開店」する強運、空恐ろしい▼私たちは議会政治の「幼児化」を目撃している。高級店の窓際で恥をさらす子どもらは、勘定を持たされる国民が一喝するしかないが、さて、どう反省させよう。「激辛」でお仕置きか……。自信をもってお勧めできる叱り方が、なんとも浮かばない。
2012年8月31日(金)付
 ニホンカワウソの絶滅が告げられ、野生ハマグリはその危惧ありとされた。メダルに沸き、領土で揺れるひと夏の喧噪(けんそう)の陰で、小さな命が消えてゆく。生きることを考える8月の言葉から▼広島も長崎も67年。長崎市生まれの作家青来有一(せいらい・ゆういち)さん(53)は、「被爆の痕跡はいよいよ少なくなってきた……土地の記憶は失われていき、なんだかつるんとした顔になっていく」と記した。「わずかなほころびのようなもの」を残したいと▼「いじめ自殺」への対応に不満を抱く大学生が、大津市の教育長を襲った。『ネットと愛国』の著者、安田浩一さんは「今、社会には『正義』の名の下に加罰感情を沸騰させる空気が濃密にある」と警告する▼中国の作家戴晴(タイ・チン)さん(71)はデモに訴える民衆心理を推し量る。「抗日でも環境でも、騒ぎを起こさないと政府は耳を貸さない。物を言いたい人たちは車をひっくり返し、役所に押し入るしかない。ある意味で清朝末期に似ています」▼「東電社員には危機感が乏しいように思う。原発事故の被害者の痛みが、あの時の日航社員のようには共有されていないのか」。ジャンボ墜落から27年。事故現場の群馬県上野(うえの)村、神田強平(きょうへい)村長の心配だ▼北九州市の節電実験で、値上げ世帯の使用が平均16%も減った。実験に関わる関宣昭(のりあき)さん(61)は「足りないと言うが、今までが必要以上に使うメタボ状態。適正値は、国や電力会社ではなく消費者が決める」。脱原発の覚悟を問うて、いましばらくの残暑である。
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