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朝日新聞・天声人語 平成二十四年(七月)

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发表于 2012-10-1 22:16:33 | 显示全部楼层 |阅读模式
2012年7月1日(日)付
 1枚の絵に日本中が大騒ぎしたのは1974(昭和49)年だった。謎めく微笑を湛(たた)えた「モナリザ」の来日は、田舎の高校生だったわが記憶にも残る。展覧会場の大行列がニュースになった▼日仏首脳会談で日本公開を取りつけた際の、田中角栄氏の言が面白い。端折(はしょ)って書くと、「日本の首相はフランス最高の美女をかどわかしに来たと心配されるかもしれないが、ふさわしい栄誉をもって迎え、指一本触れさせずに送り返すと約束します」▼国賓級の来日から時は流れて、いま、この美女の人気も並ではない。「真珠の耳飾りの少女」を含む「マウリッツハイス美術館展」が東京都美術館で始まった。17世紀オランダの画家フェルメールの名品も、至宝の名に恥じない▼モナリザは微笑だが、少女はまなざしで惹(ひ)きつける。「目で殺す」とでも言おうか、湛えているのは初々しい親密さだ。まっすぐな視線が、見る者と少女を「一対一」の空間に置く▼そんな至宝にも、不遇な時期があった。19世紀に競売にかけられたときは、評価できないほど汚れていて、はした金で落札されたという(『フェルメールへの招待』朝日新聞出版)。よくぞ損なわれず、失われもしなかったと、冷や汗の出る話である▼少女が誰なのか分かっていない。実在しなかったとも言われる。だが天才の筆の冴(さ)えだろう。300年を超えて画布に息づく存在感は、永遠の相を帯びてゆるぎない。美女あり遠方より来る。また嬉(うれ)しからずや。38年前も、いまも。
2012年7月2日(月)付
 蝶(ちょう)を花に、花を蝶に見立てる趣向は国を問わないようだ。フランスの詩人ネルヴァルは蝶を「ひらひらとぶ、茎のない花」と表した。俳諧の始祖とされる室町後期の荒木田守武は〈落花枝にかへると見れば胡蝶(こちょう)かな〉と詠んでいる。散る桜が枝に帰ると思ったら、おや、蝶でしたと▼いまの季節なら、蝶を思わせる花はガクアジサイだろうか。小花が集まって咲く縁(ふち)を、蝶が舞うように装飾花が取り囲む。見事な咲きぶりの数株が近所の公園にあって、雨下、青や白の「蝶」が群れ飛ぶさまが目に鮮やかだ▼本物の蝶も負けてはいない。拙宅の鉢植えミカンには、今年も柚子坊(ゆずぼう)がお出ましだ。アゲハチョウの幼虫の芋虫をそう呼ぶ。枝はだいぶ裸にされたが、もう3匹ほどが飛びたった。アゲハには梅雨の晴れ間がよく似合う▼東京に住む関洋さん(61)から、『都市蝶』という小さな写真集を送っていただいた。23区内で撮りだめた蝶は53種を数える。摩天楼ひしめく都心でも、ひとつかみの緑があれば命をつなぐ。そんな姿が光って見えるそうだ▼ビル群を背に黒いジャコウアゲハが飛ぶ1枚など、孤高と崇高さえ感じさせる。巨大と微小。されど対峙(たいじ)してゆるがず。自然の造物の優美にコンクリートは色あせる▼〈華麗なる翅(はね)もて余し梅雨の蝶〉田辺レイ。早いもので、暦は今年の折り返しを過ぎた。とはいえ政治も経済も梅雨空のまま雲は低い。雨宿りの蝶のように羽をたたむ停滞感。野山を越えゆく夏蝶に、早く姿を変えたいが。
2012年7月3日(火)付
 子どもの頃、お祭りの露店で「カラーひよこ」を買ったことがある。面白うてやがて悲しきというか、愛玩用の幼鳥は毒々しい赤や緑に着色され、思い返せば哀れな姿だった。〈染められてなお売れ残るひよこたち〉古俣麻子▼チルドレン、ガールズと十把一絡(じっぱひとから)げに呼ばれる国会議員の行く末を思うたび、この川柳が胸をよぎる。実力者の色に染まってバッジをつけたはいいが、「数こそ力」の駒に使われ、先々の保証はない▼子飼いのひよこたちを引き連れて、民主党の小沢元代表が離党する。衆参50人ほどで新党だという。離党届を小沢氏に預けていた議員は、身の処し方までを、有権者ではなく親分に委ねたことになる▼離党者に多い当選1回組は、世論が雪崩を打った「政権交代バブル」で永田町に職を得た。失礼ながら大半は、バブル崩壊の民主党では再選がおぼつかない。ここは選挙上手に身を任せ、反増税、なんなら脱原発も掲げて生き残る策だろう▼朝日歌壇に、先の句と対照をなす一首がある。〈自らの色で濃くなる苺(いちご)ジャム私は私であり続けよう〉大堂洋子。煮詰まるほどに紅(くれない)を深めるジャムには、他力で飾らぬ無着色の潔さがある。政治家もかくありたい▼激動の世で問われるのは「自らの色」だ。着色に甘んじ、独り立ちしないチルドレンは消えてゆく。ひよこじゃないとお怒(いか)りの皆様、集団離党の次のステップは自分で決めませんか。余計な色を落として出直すもよし、国政の経験を生かして転職するもよし。
2012年7月4日(水)付
 飾らない笑顔というのは一つの才能である。接客などの仕事で覚えることもできようが、地井武男さんのそれは天然ものとお見受けした。散歩に演技なしと決めつけては、70歳で逝った名優に失礼かもしれないが▼6年続いたテレビ朝日の「ちい散歩」。地井さんは電車やブランコに夢中になり、商店街でコロッケや豆腐を買ってスタッフに振る舞う。収録の思い出を描きとめた、素朴な絵手紙も楽しみだった▼とみに増えた「ぶらり系」の番組は、歩き手の人間味に負うところが大きい。お祭りと自然を愛する地井さんは、街の風景にたちまち溶け込んだ。商店主や職人さんとの語らいも、芸能人とは思えぬ砕けぶりで、視聴者は大いに和んだものだ▼俳優座養成所の同期は、原田芳雄、前田吟、栗原小巻ら粒ぞろいだった。1970年、基地問題を正面からえぐった映画「沖縄」で初主演し、注目される。以来、荒くれ者や刑事の配役が多かったせいか、「散歩中」に沿道から飛ぶ声援には戸惑ったという▼「おんなじ人間なのに、こんなにも反応が違う。僕は運がいいだけ。分かれ道ではいつも、誰かが良い方に導いてくれた。これからは、いただいた運をお返ししていきたい」。本紙に語ったのは2年前だ▼「運返し」の思いも道半ば、今ごろ、いつものハンチングでどこを歩いているのやら。なぜか、桜吹雪の坂に消えてゆく背中が目に浮かぶ。たまの早足もいいけれど、地井さん、カメラやファンを振り切っちゃいけません。
2012年7月5日(木)付
 「ばからしい」と書きかけて「空しい」にしたことがある。書き写しを思ってのことだ。流し読みならまだしも、「ばか」と書いてもらうのは心苦しい。多くの方に筆写していただくお陰で、生来がさつな言葉遣いがいくらかマシになった気がする▼毎度の手前みそながら、昨年春に売り出された「天声人語書き写しノート」が累計100万冊に達したという。うれしい前に恐れ多い。人様に写させるレベルかと、自問の日々である▼北九州市立高校では、現代社会などの勉強に使っているそうだ。新聞を読む習慣がなく、小欄とは初対面の生徒さんも多い。慣れないコラム文の書き写しは苦痛だろうが、今春の卒業生は銘々3冊を「完写」してくれた▼集中力がついた、縦書きの字がきれいになった、社会への関心が高まったと、うれしい感想も届いた。「毎日よく続きますね」という問いは、皆さんにそのままお返ししよう。書くのも写すのも、一つ仕上げたら一つ腕が上がる▼よくある質問に「黒い逆三角形は何?」がある。段落を示す記号である。誰が決めたか逆三角が小欄の習いだが、ただの印だからたまにはルール違反を許してもらおう。ご愛読、ご愛写への深謝を込めて(ハートマーク)▼冒頭の空白を含め603字。短いとはいえ、写される文の大先輩、般若心経(はんにゃしんぎょう)の倍はある。写経なみの御利益は請け負えないが、末永く続けていただけば某(なにがし)かの貢献、例えるなら小さなハートマークほどの「お返し」はできるかと思う。ご精進ください。
2012年7月6日(金)付
 水が貴重な国際宇宙ステーションでは、3年前から尿を飲料水に再生している。顔をしかめては「地上のぜいたく」と笑われよう。その水で乾杯した若田光一さんは「結構おいしい」と語ったものだ▼海水や雨水より抵抗はあろうが、科学的には何から作っても水は水である。では、何から作っても電気は電気かというと、そんな時代ではない。原子力は、いよいよの時に仕方なく頼る電源になった▼きのうの朝、福井県の大飯原発3号機が発電を再開した。こどもの日の夜に北海道の泊3号機が止まって以来、久々に原子炉がこしらえた電気が送電網を流れている。原発に頼らぬ日本は60日と8時間で幕を下ろした▼世の中はその間、とにもかくにも原発なしで回った。夏の試練に挑まなかったのは、万一の放射能より電力不足を政府が恐れたためだ。冷房の風、照明の色に違いはない。ともすればまた、原発頼みが社会の習い性になりかねない▼官邸を囲んだ怒りを聞くまでもなく、民意は脱原発にあろう。片や株主総会を見る限り、電力会社の意識は「動かすほどもうかる電源」のままらしい。地元経済の原発依存も変わらない。何ごともなかったように再稼働が続いては、福島の教訓が泣く▼あすは二十四節気の小暑(しょうしょ)、節電の正念場が近い。宇宙と違い、選択肢がいくつかある地上で暮らす私たちである。せめて、原発を動かす必要はなかったと、数字で示したい。誰も顔をしかめない「安らぐ電気」だけで賄える国を目ざして。
2012年7月7日(土)付
 ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」は、遊覧飛行で眺めるほかない。人の目の高さからは浅い溝が走るだけで、何を描いたものか分からないそうだ。世には大きすぎて見えないものがある▼万物に質量を授けるヒッグス粒子が見つかったと聞いて、ついにやったかと感涙にむせぶ人は珍しい。「世紀の大発見」はえてして我らの理解を超え、その大きさを知るのは後世になる▼英国のヒッグス博士(83)が半世紀前に予言したこの粒子。宇宙誕生の瞬間、好きに飛び回る他の素粒子に水あめのように絡み、全体を落ち着かせたとされる。その動きにくさこそが質量だ。鈍重になった素粒子たちは寄り集まり、水素などの原子、星や生命を生んでいく▼世界の物理学者は、欧州の巨大加速器でヒッグス粒子を探してきた。天地創造に迫る旅である。彼らは「99.9999%以上の確率」でそれらしき粒子を見つけたという。あると予測された17の素粒子は一通り確認されたことになる▼ただ、果てしなき時空を究める上で、この発見は始まりにすぎないらしい。地上絵でいえば、溝の何本かは見つけたが、空から全体像を眺めた者がいない段階か。宇宙の大方は未知の「暗黒」が占めるとされる。探究の旅に終わりはない▼ビッグバンから137億年、まさか「作品」の一つが正体に肉薄してくるとは、「神の粒子」もびっくりだろう。こよい七夕の銀河を思い浮かべて、人類もやるもんだと杯を重ねるのもいい。つまみは粒(つぶ)ウニか何かで。
2012年7月8日(月)付
 文明開化の明治の初め、「ランプ亡国論」なる珍説が世に流布した。ランプの輸入は貿易赤字を膨らませる。さらには在来の産業を滅ぼすと説く舶来品排斥論だった。むろん開化の奔流は止められず、西洋の利器はもてはやされ、日本の夜を明るくした▼しかし、ランプの天下は長く続かない。電灯に取って代わられる様子が、童話作家新美南吉の名作「おじいさんのランプ」に描かれている。「世の中は、電気の時世になった」と嘆くランプ売りが、一斉にともした売り物に石を投げ、割っていく場面をご記憶の方もおいでだろう▼以来なじみの深い白熱電球だが、ここにきて「肩たたき」が急だ。なにせ電気を食う。政府は製造と販売を控えるよう要請した。2度目の節電の夏に、省エネでタフなLEDへの移行が進みつつある▼値段の高さにはひるむが、電力消費は2割以下、寿命が40倍と聞けば、納得感はある。ボーナス後の節電特需か、きのう寄った売り場は人でいっぱいだった。脇の白熱電球はどこか肩身が狭く見える▼「明かり奉行(ぶぎょう)」という新語があるそうだ。会社や家で、不要な照明を消して回る人を言うらしい。明かりに限らず、頼もしい「節電奉行」のいるお宅もあろう。無理せず賢く無駄をなくしたいものだ▼〈家々や菜の花いろの燈(ひ)をともし〉。木下夕爾(ゆうじ)の名句は敗戦翌年の春の作という。平和の戻った窓からこぼれる明かりは、むろん白熱灯だった。昭和の匂う光に感謝しつつ、新旧交代の流れに乗るとする。
2012年7月10日(火)付
 生まれてきた新しい命は、それ自体が未来そのものだ。「どの社会にとっても、赤ん坊にミルクを与えること以上に素晴らしい投資はない」と、第二次大戦中のラジオ放送で英首相チャーチルは述べたという。だが、ゆりかごで安らかに眠れぬ子が、世界に多くいる▼戦乱で荒廃したアフガニスタンを支援する国際会合が東京であった。かの国では、5歳未満の乳幼児の4人に1人が命を落とす。その影響もあろう、平均寿命は44.6歳でしかない。どちらも世界で最悪に属する数字である▼古くから列強の軍靴に踏まれた歴史を持つ。9・11までは、しばし世界から忘れられたような国だった。テロの後はアフガン戦争が起きた。だが、間もなく世界の目はイラクへ移る。関心の薄れる中、戦火は国土と人の心を荒(すさ)ませた▼テロが頻発し、汚職がはびこり、麻薬栽培は広がった。国づくりの礎(いしずえ)になる教育もおぼつかない。撤兵を決めたオバマ米大統領の言う「長い戦争の責任ある形での終わり」から、現状はほど遠い▼「埋められたのが地雷ではなく、小麦の種であったなら」「米軍が爆弾でなく、本を落としていたら」――。この国で映画を撮ったイラン人監督モフセン・マフマルバフ氏が述べた言葉を、前に引いたことがある▼貧困と無知がテロと暴力の温床になる。武器による腕力より、社会を変えるには柔らかい支援こそ大切、と読める。先は遥(はる)かに遠いけれど、荒野が緑に変わるときを信じたい。手助けを途切らすことなく。
2012年7月11日(水)付
 以前、いじめ問題で取材した小学校の先生は、担任するクラスを「海」にたとえた。教壇から毎日見ていると何でも分かったような気になってしまう。でも見えているのは何十分の一にすぎない。子どもの世界という広くて深い海の中で、何が起きているのか。把握するのは本当に難しい、と▼この先生は深刻ないじめに気づかずにいた。だが気づいたあとが立派だった。いじめとは何か、なぜいけないかを、時間をかけてクラスに浸透させた。いじめは許しませんという真っすぐな意思が、子どもの心に響いていった▼ひるがえって大津市の場合である。中2男子の自殺をめぐり、教師はいじめを知っていたが「見て見ぬふりをしていた」と、複数の生徒がアンケートで答えていた▼片や市教委は「担任は、廊下でプロレスの技をかけられたりするのを目撃したが、いじめの認識はなかった」と言う。「自殺の練習をさせられていた」など聞き捨てにできない情報も複数あったが、早々と調査を打ち切った。輪郭と真相はぼやけ、「事なかれ主義」といった批判も飛ぶ▼少し救われるのは、全校生徒へのアンケートのいくつかの答えだ。「自分も見て見ぬふりをしていて、これも立派ないじめと気づいたときは、本当に申し訳なかった」。悔いはみんなの糧となろう▼〈昭和にもイジメはあった同窓会の返信葉書に欠席と記す〉の一首を、何日か前の本紙栃木版で見た。誰ひとり幸せにしない行為である。許さぬ意思を分かち持ちたい。
2012年7月12日(木)付
 初めて辞書で引いた言葉を今も覚えている。それは「死にものぐるい」。小学校の何年生だったか、買ってもらった辞書を広げ、だいぶ時間がかかった記憶がある。以来どれほどお世話になったか。今も辞書は座右の相棒、いや先生である▼小学生向けの国語辞書が売れていると聞いて、遠い昔を思い出した。引いた言葉に付箋(ふせん)を張っていく「辞書引き学習」がブームなのだという。付箋に番号をつけ、言葉をコレクションする感覚で意欲が湧くそうだ。やわらかい頭がぐいぐい語彙(ごい)を増やすさまが、五十路(いそじ)の身にはうらやましい▼子どもを辞書に親しませるには、本棚にしまわず、箱から出しておくのが肝要という。なるほど。開くまでに一(ひと)動作多いだけで、つい面倒くさくなるのは、大人も変わらない▼無味乾燥に思われる辞書だが、一般向けの個性派もある。たとえば「政界」という語。これを手元の新明解国語辞典は「〔不合理と金権とが物を言う〕政治家の社会」と説明する。お仕着せにとどまらずに、なかなか楽しい▼いっそう面白いのは、様々な言葉を皮肉とユーモアで定義する私家版の辞典だ。米国人ビアスの「悪魔の辞典」(岩波文庫)だと「政治」はこうなる。「主義主張の争いという美名のかげに正体を隠している利害関係の衝突」。今日もニュースは満載である▼ともあれ、「死にものぐるい」から言葉の森に入った筆者、今も道に迷ってばかりの日が続く。分け入っても分け入っても、コラムの懐はなお深く。
2012年7月13日(金)付
 懐かしの昭和30年代は、活気とともに、どこか殺気立っていた時代かもしれない。作家の幸田文が上野駅の混雑を書いている。「喧嘩(けんか)をしにでも出掛けるようなトゲトゲした旅行人がいっぱい」だった▼切符を買っていると背後から「グズっか(ぐずぐす)しやがって」とののしられ、小突かれた。振り向くとイライラの見本みたいな「男の古いの」がにらんでいたそうだ。以来半世紀がたつが、どうも中高年の男性はキレたり怒鳴ったりしやすいようだ▼その手の話が時々声欄に載る。記憶に残るのは一昨年。図書館で体験学習の小学生が貸し出し係でいるのに、司書に「急いでるんだ。早くしろ」と荒く言い、周囲の空気を凍らせた初老がいたそうだ▼別の投書には、JRの電車内でやはり初老の男に怒鳴られ、震えている母親を見たとあった。ベビーカーの幼子(おさなご)の足がズボンに当たっていたらしい。言った側は忘れても言われた人の傷は深い▼感情を止める堤防が低くなって、たちまち洪水を起こしてしまう。喜怒哀楽の「怒」は大切な感情だが「キレる」のとは違う。刹那(せつな)的で貧相な怒気がここ、そこに潜む社会はぎすぎすと寒い▼週刊朝日の名編集長だった扇谷正造は「一怒一老一笑一少」の言を好んだ。一度怒れば一つ老い、一度笑えば一つ若返る。還暦を過ぎて大声で怒る自身への戒めだったそうだ。きのうの通勤途中、駅員さんを怒鳴るわが同年配を見てこのコラムを書いた。他山の石に事欠かないのが、やりきれない。
2012年7月14日(土)付
 風伯(ふうはく)と言い、雨師(うし)と呼ぶ。風の神、雨の神のことである。その風伯雨師がもたらす空の営みに、日本人は多彩な名前をつけてきた。風の名は全国で2千を超すという。雨の名前も負けずに多い▼殴り雨、ごず降り、ざぶり、滝落(おと)し、柴槫雨(しばくれあめ)……。激しい雨だけでも様々な名がある。柴槫とは雑木の板材。それを組んだ筏(いかだ)が、増水した川を流れる光景に由来するそうだ(『雨の名前』小学館)。どれも土地土地の経験が生んだ呼び習わしだろう。しかし今回、雨は経験則を超える激しさで熊本、大分を襲った▼「これまでに経験したことのないような大雨」の表現で気象庁は注意を喚起した。危急を伝えるために先月から始めた試みの、初めての実施になった。そして実際、1時間に108ミリという雨が降った▼よく聞く「バケツをひっくり返したような雨」とは1時間に30ミリ以上だという。50ミリを超すとあたり一面が白っぽくなり、80ミリだと恐怖を感じる。108ミリの体感は推して知るべしだろう▼気象随筆の倉嶋厚さんが、雲のことを「空の水道の蛇口」と言っていた。地球の表面には均(なら)すと年に約千ミリの降水がある。だが天意はままならず、世界は豪雨と干ばつが偏(かたよ)る。悔しいが、蛇口を開け閉めする才知は人間にはない▼気象庁によれば九州上空の「蛇口」はなお緩く、注意がいる。この時期の「荒梅雨」「暴れ梅雨」の名には、先人の苦い経験が染みていよう。水の惑星の水の国。梅雨明けまでひと用心、ふた用心が欠かせない。
2012年7月15日(日)付
 議事堂に人の波と聞けば、血が騒ぐ世代もあろう。1960年6月、日米安保条約の改定に走る岸首相に対し、国会周辺では抗議の嵐が渦巻いた。東大女子学生の圧死を受けたデモには主催者発表で33万、警察調べで13万人が参加した▼おとといの夜、国会や首相官邸の一帯は、脱原発を叫ぶ人波で埋まった。300人で始まった「金曜集会」は回を重ねて膨らみ、万人単位の催しになっている。国政の中心地に群衆が何度もあふれるのは「安保」以来のことらしい▼ただ、学生や労組、左派政党の動員が主だった半世紀前とは趣が違う。風船を持つ親子、勤め帰りの男女、見物がてらのお年寄り、「麗しき山河を守れ」と日の丸を掲げる一団まで、ありていに言えば社会の縮図である▼日ごろ政治には縁遠くても、ことが自分や家族の健康にかかわるとなれば人は動く。危機感が共有されていく勢いは、個々が携えた情報発信の飛び道具により、立て看板とビラの時代の比ではない▼福島の事故が人災なら、どこで再発してもおかしくはない。ところが、それを案じる約750万筆の署名に、政府は大飯原発の再稼働で応じた。声が届かないなら、届く大きさにするしかない▼東京の代々木公園であす、大江健三郎さんや瀬戸内寂聴さんが呼びかけた「さようなら原発 10万人集会」がある。猛暑でも雨でも、原子力に頼らぬ覚悟を試すにはふさわしい舞台だろう。アジサイの季節に広がった運動が大輪に育つかどうかの山場でもある。
2012年7月16日(月)付
 赤ちゃんパンダの悲報に、本紙歌壇から写したばかりの一首が浮かんだ。〈幸(さいわ)いと辛(つら)いとう字がこんなにも似ていて茱萸(ぐみ)に茱萸の花咲く〉美原凍子(とうこ)。福島に暮らす作者は、幸と辛の近さを肌で知る。横棒が抜けて暗転、諸行無常である▼とはいえ気は持ちようで、パンダ土産を扱う店長さんの言葉に救われた。「残念の二乗。でも、機会はこれからもある。まずは(母親の)シンシンにお疲れさんと言いたいね」。動物園はこの経験を生かすだろうし、次は双子かもしれない。辛い話も、見方を変えれば幸せの種になる▼思い出したくない過去の一つや二つ、誰にもあろう。心優しき人ほど、悲しいこと悔しいことを引きずるものだが、辛い記憶ばかりため込んでは人生もったいない▼朝日新書の新刊『すりへらない心をつくるシンプルな習慣』(心屋仁之助〈こころや・じんのすけ〉著)に、「嫌な出来事のあとに『おかげで』をつけてみる」という助言があった。あの失敗のおかげで今がある、という風に▼著者いわく「チャンスはピンチの顔をしてやってくる」。その時は辛くても、何かの肥やしになったと後で思える体験は多い。すべては癒やせないにせよ、心の古傷に前向きな意味を与え、一歩を踏み出したい▼しんどい時代、生き抜く糧(かて)を求める人に、あまたの自己啓発本が手を差し伸べる。当方、世渡りに気の利いた助言はできないけれど、同じ読み物として期するところはある。それぞれの「辛」に、細くても横棒を添えられる小文でありたいと。
2012年7月17日(火)付
 67年前のきのう7月16日、米国ニューメキシコ州では太陽が2度昇った、と言われる。この日の夜明け前、アラモゴードの荒野で大音響とともに巨大な火の玉が炸裂(さくれつ)した。人類初の原爆実験である▼長崎で被爆した作家の林京子さんは1999年にこの爆心地を訪ねた。後に感慨を本紙に語っている。「熱く、草のはぜる音さえ聞こえない静かな荒野でした。それまで私たちが核の最初の被害者だと思っていましたが、大地は傷ついたまま、黙って耐えていた」。重い言葉が福島を連想させる▼原発事故で傷ついた故郷の地を離れて、今も万の人が戻れない。その苦境を置き去りにするように、政府は再稼働へ舵(かじ)を切った。抗議を込めて、きのう7月16日、東京であった「さようなら原発」の集会は大勢の参加者が広い代々木公園を埋めた▼炎暑にめげずご高齢の姿が目立ったのは、孫たちの未来を案じてだろうか。「故郷を壊すな!」「子どもを守ろう」。プラカードや幟旗(のぼりばた)が、人々が全国から集まったことを教えている▼呼びかけた一人、音楽家の坂本龍一さんが、壇上から「福島のあと沈黙していることは野蛮だ」と語ると大きな拍手が湧いた。質、量ともに巨大な、脱原発への「志」の結集となった▼「実際に生きている人間の直感の方が、科学的知を超えて物事の本質に迫る瞬間がある」という反原発の科学者、故高木仁三郎さんの言葉を思い出す。権威は必ずしも賢ならず。生活者の肌感覚を蔑(さげす)まない政治が、今こそほしい。
2012年7月18日(水)付
 だれが詠んだか〈素通りはさせぬと鰻(うなぎ)屋のにおい〉と川柳にある。うちわでパタパタとあおいで、炎暑の街に香ばしいにおいを流してよこす。土用の丑(うし)の日にウナギの蒲焼(かばや)きを食べる風習は、江戸の昔に始まった▼ルーツは学者の平賀源内とも、戯作者(げさくしゃ)の大田南畝(なんぽ)ともされる。はやらない鰻屋に客を呼ぶため、今で言うキャッチコピーを考えたというが、「伝説」の域を出ない。ともあれ国民的行事となり、今年は27日がその日になる▼梅雨明けとともに、がぜん腹の虫が鳴る向きもあろう。だが、いかんせん養殖用の稚魚のシラスウナギが捕れていない。不漁続きの近年でも今年は際だつ。価格は高騰を超えて暴騰の域といい、蒲焼き店の廃業も出る深刻さという▼小売りの蒲焼きも値を上げていて「代替品」が人気らしい。サンマやアナゴのほか、豚バラ肉の蒲焼きもスーパーに並ぶ。ウナギは昔日の「特別なごちそう」に戻ったような印象だ▼日本人のウナギ好きは突出し、世界で食べる約7割を胃袋に収めるという。消費大国への目は厳しく、欧州に続いて米国が、野生生物を保護するワシントン条約で規制する検討を始めた。食文化ねらい撃ちの感もあるが、ウナギが減って黄色ランプが灯(とも)りそうなのは否めない▼冒頭の句との掛け合いでもあるまいが、〈うなぎ屋の前でともかく深呼吸〉が笑わせる。においをしっかり鼻で味わい、さて、暖簾(のれん)をくぐるか立ち去るか。思案のしどころとなろう丑の日が、今年は少し恨めしい。
2012年7月19日(木)付
 古(いにしえ)の神話を踏まえて、東日本大震災のあと詠んだそうだ。短歌界の重鎮、岡野弘彦さんの歌集から拝借する。〈したたりて青海原につらなれる この列島を守りたまへな〉。火山があり底知れぬ海溝が沿う列島で、幾度も繰り返されてきた受難を思いつつ、歌に表したという▼日本の自然は美しさと非情が相混じり、国土は数限りない地異に揺さぶられてきた。なのに恐れも、畏(おそ)れも無かったのか。原発をめぐる無責任が、また一つ明るみに出た。北陸電力志賀(しか)原発(石川県)の直下に活断層があるらしい▼専門家によれば「典型的な活断層」という。「よく審査を通ったなとあきれている」と聞けば、地元の人は怒りに震えよう。ごまかしか見て見ぬふりか、政・官・業のなれ合いの泥沼は、底知れず深い▼福井県で再稼働した関電大飯原発にある断層も、活断層の疑いがある。だいぶ前だが、九電の川内(せんだい)原発(鹿児島県)では地質調査のサンプルが差し替えられたと問題になった。隠されているものの膨大さが想像できる▼昭和30年代、渡英した原発調査団が、向こうの技術者たちに関東大震災の記録映像を見せた。「こんなことがあるのか」と誰もが驚いたという。プレートがぶつかり合い、活断層ひしめくその列島に、いま50基が林立する▼事があれば制御不能になるシステムを、人知の及ばぬ地異にさらす。これは一種のギャンブルだろう。負けて目覚めぬ者は身を滅ぼす。福島に懲りず国土を賭け金にするのは、愚行である。
2012年7月20日(金)付
 初めて日本にやってきたパンダ2頭のうち、メスのランランが1979(昭和54)年に死んだ。大勢が涙する中、誰より悲しんだのは中川志郎さんだったろう。来日時の上野動物園の飼育リーダーは、つらくて解剖に立ち会うことができなかった▼何日かして、「約束守ってくれたんだね」という文を本紙に寄せている。その年の正月、パンダ舎で、「ことしは赤ちゃんを産もうな」と「約束」をかわしたそうだ。約束どおりランランは身ごもったが、おなかの子と一緒に息絶えた。「悲しみの二乗」だったに違いない▼親しみをこめて「パンダ課長」と呼ばれ、のちに多摩動物公園や上野の園長も務めた中川さんが、81歳で亡くなった。少年の頃から生きものが大好きで、一筋に動物たちと人生を歩んできた人だ▼獣医科を出て、上野動物園には「押しかけ就職」だった。園長に頼み込んで、日給230円のアルバイトで入った。下積み5年ののちに正職員になったというから、情熱のほどが伝わってくる▼20年ほど前のこと、「ロンドン動物園が赤字で閉鎖の危機」という本紙報道にいちはやく反応してくださった。黒柳徹子さんと寄付を呼びかけ、お金を送った。それも力となって、幸い動物園は存続し、処分の可能性もあった動物たちは命をつないだ▼スターの動物にも脇役にも、注ぐ愛情は変わらなかった。お世話になった大勢が、あちらで迎えることだろう。ランラン、カンカンも待っていよう。思い出話は尽きそうにない。
2012年7月21日(土)付
 看板に偽りあり、の仕打ちにやられた人は古今東西に数え切れまい。米国のある作家がこんな皮肉を言ったそうだ。「奇跡の薬とは、効能書きの通りに効く薬のこと」。うなずく向きもいるのではないか▼日本の政治も似たり寄ったりだ。民主党が麗々しく掲げた政権交代の「効能書き」は、軒並み崩れて見る影もない。公約通りに行われれば奇跡、という政治では、怪しげな薬と変わらない。そんな呆(あき)れた総崩れに加え、またぞろ新たな「看板に偽り」の芽が萌(も)えだしている▼消費増税は「財政再建」と「社会保障の充実」のため、と聞かされてきた。その二枚看板に「公共事業」が割り込みつつある。増税で3党合意をした自民党など、「10年で200兆円」だと喧伝(けんでん)し、大借金どこ吹く風で景気がいい▼公明党は少々控えめだが、それでも「10年で100兆円」を使えと言う。民主党の「コンクリートから人へ」はどこかに消えた。防災、減災の美名に隠れるような3党そろっての先祖返りに、増税の目的はゆらりと揺れている▼「庶民増税を打ち出の小槌(こづち)にした新たな無駄づかい」という共産党、市田忠義氏の指摘はもっともだ。少子高齢化と天文学的財政赤字に向き合い、持続可能な国をつくるという大看板を、ゆるがせにしては困る▼どこの諺(ことわざ)だったか「財布が重いと心は軽い」と言う。消費税を10%にすると歳入は13.5兆円増えるそうだ。国の財布が重くなって、心も軽く大盤振る舞い。そんな政治では、納税者は泣く。
2012年7月22日(日)付
 熱帯の鳥は総じて色あざやかだ。暗い密林で仲間を見分ける術(すべ)らしいが、派手な色調と暑さは相性がいいように思う。アフリカの民族衣装が太陽の下で映えるように、この季節、はっきりした色が似合う▼雨上がりの散歩道を彩るのも、めりはりの利いた花色だ。七変化を終えて、アジサイのパステルカラーは薄れ、ゼラニウムの紅、メドセージの青紫、マリーゴールドの黄や朱が道端に揺れている▼原色を重ね塗りしたような炎暑に処するには、色は白、食べ物なら冷や奴(やっこ)、そうめん、かき氷。京阪の夏には、梅雨の水で肥えるといわれる鱧(はも)も欠かせない。骨切りし、熱湯をくぐらせた姿は満開の白牡丹(はくぼたん)に例えられる。氷水でしめて梅肉や酢みそで食すが、椀種(わんだね)にしても涼やかだ▼瀬戸内寂聴さんの小説『京まんだら』に、鱧椀を描いた一節がある。「お椀の中に鱧がまるく白玉のように身をまるめ、透明なじゅん菜(さい)と入っている。汁は爽やかにほろ甘く、たしかに夏の微風をとかしてつくった様(よう)な味であった」。蒸し暑い洛中(らくちゅう)のこと、やさしい風もまた貴い▼〈坪庭を吹き抜く風や鱧料理〉小路智壽子。季節外れの冷涼を経て、きょうは大暑、週明けには夏が戻るという。のべつ鱧ざんまいとはいかないが、せいぜい食卓を白で彩り、内から冷やしたい▼本社編の『色の博物誌』によると、人種や文化圏を超えて、世界であまねく好かれる色は青だという。次が白。この順番が日本では逆になる。そこまで読んで、豆腐を買いに出た。
2012年7月23日(月)付
 英語のカバーは「見せかけ」の意味でも使われる。覆という漢字にも「包み隠す」の含意がある。原発事故の後始末で、これらを地でいく「被曝(ひばく)隠し」が発覚した。収束作業に携わる建設会社の役員が、線量計を鉛のカバーで覆い、被曝線量を低く装うよう作業員に指示していた▼彼らは、法定の被曝量に達するとしばらく働けない。現場を仕切る役員は、渋る作業員をこう説得したという。「自分で自分の線量守んないと、1年間原発で生活していけない」。5人ほどが手製カバーをつけて働いたらしい▼福島の作業環境は、命がけという意味で戦場だ。線量のごまかしは、10発の敵弾を浴びた兵士に、「5発ということにして戦い続けてくれ」と言うに等しい。流れた血は戻らないのに▼高線量の現場は「金になる」といわれる。作業員が線量を使い果たせば人手を欠き、せっかくの仕事が逃げると案じたか。愚かしい話である。守るべきは命であり、線量計や会社ではない▼だが、この役員を責めても始まらない。あけすけな不正の根底には、下請けの弱い立場があるからだ。これまでに放射線を浴びた2万数千人の多くは、東京電力の社員ではない。無理や不都合を下へ、外へと押しやる悪習が変わらぬ限り、安全は守れまい▼現場の苦闘は、40年かかるという廃炉まで続く。作業員たちが、いたずらに命を削ることなく暮らせるよう、危険に見合う待遇が必須である。事故以来、この国は彼らの頑張りに守られているのだから。
2012年7月24日(火)付
 手元のスクラップ帳をめくると、ちょうど10年前の今日、国連で拷問禁止条約議定書案なるものの採決があった。これに米国が横やりを入れた。子細は端折(はしょ)るが、つまり採択の阻止に出た。9・11テロのあとタリバーン兵らを片っ端から拘束し、深刻な人権侵害が漏れ聞こえていた頃だ▼採決で米国を支持したのは、中国、リビア、イラン、スーダン、ウガンダ、パキスタン……などだった。ご存じのとおり、多くは人権の軽い国である。そしてこの採決では、日本も米国に与(くみ)した▼取材していて、人権問題の国際組織の人から「日本は今度もアメリカと共闘したね」と皮肉られたものだ。その後のイラク開戦でも日本はひたすら米に追随した。顔見知りの他国の記者から「従順すぎないか」などとよく突っ込まれた▼だから「対等の関係」など建前だと分かっていても、オスプレイ配備をめぐる野田首相には脱力した。「米政府の方針であり、(日本から)どうしろこうしろと言う話ではない」では、言いなりの中間管理職さながらだ▼条約上拒めないのと、何もしないのは違う。トップがこれでは沖縄の民意は米側に届くまい。「安全が確認されるまでは飛ばない」の説明も原発とウリ二つだ。その原発はあっさり再稼働した▼昨日の山口県岩国市への陸揚げを、投票が迫る知事選への損得でしか見ない政治家もいるようだ。場当たり的ではぐらかしの多い政治の先に、どんな国の姿があるのか。明るい想像が浮かばないのがつらい。
2012年7月25日(水)付
 新聞人にとって、なるほどなあと思う言葉だ。「私はいつも最初にスポーツ欄を開く。そこには人間が達成したことが記録されている。第一面は人間のしでかした失敗ばかりだ」。米国の政治家で判事だったウォーレン氏が遺(のこ)したと『名言の森』(東京堂出版)にある▼昨日の本紙もしかり。1面を大きく原発事故の調査が占めていた。そのあとスポーツ面を開くと、見事な「達成」の小記事があった。ソフトボールの女子世界選手権で日本が42年ぶりの優勝を果たした。カナダで開かれていたのをうかつにも知らずにいた▼ソフト女子といえば北京五輪の金メダルを思い出す。上野投手の3連投が日本中を熱くした。だがロンドンでは五輪競技から外れた。熱は冷め、聞けば世界選手権の結団、壮行会にはテレビカメラは1台もなかったという▼本紙には載っていないが、共同通信の配信で他紙にあった宇津木監督の優勝の弁がいい。「日本の皆さんにソフトボールは健在だとお伝えしたい」。メディアの移り気がチクリと刺された気にもなる▼4年前、ソフト女子の「金」は1面トップを飾った。その紙面の端っこに、小さく「なでしこは銅逃(のが)す」とある。地味だった花はその後に大ブレークし、現地時間の今日、開会式に先だって初戦に臨む▼五輪はやはり特別な舞台。達成と歓喜はむろん、無念も涙も、本紙でたっぷりお届けしたい。ソフト女子のくじけぬ快挙を讃(たた)えつつ、週末からの一喜一憂に、わくわく、どきどきが高まる。
2012年7月26日(木)付
 草冠(くさかんむり)に秋と書いて「萩」なのだが、ご近所の塀を越えて伸びているハギが、はや二つ三つ紫の花をつけ始めた。隣にはまだ白いクチナシの残り花があるのに、気の早いことだ。今年はどんな天候かな、と偵察に来た、ハギの花の先遣隊かも知れない▼公園にはキキョウがゆれている。こちらも秋の花のイメージなのに、ずいぶんせっかちだ。調べると早咲きの種類らしい。梅雨どきに咲くので「五月雨桔梗(さみだれききょう)」と呼ばれたりするそうだ。薄い紫の花は涼しげで、炎暑をふっと遠ざけてくれる▼この夏、拙宅で鉢植えの夕顔を育てている。ご記憶の方もおいでだろう、昨夏、小欄で夜顔を夕顔と間違えて書き、おわびをした。ヒルガオ科の夜顔は、広く「夕顔」の通り名で呼ばれるが、夕顔ではない。罪ほろぼしのつもりで、本物のウリ科の夕顔の種をまいた▼先月の末、夕闇に白く咲いているのを見つけた。夜ごとに花を開いたが、もう花期は終わって小さな実をいくつかつけている。実はごろりと大きく育って、干瓢(かんぴょう)の原料になるそうだ▼〈心あてにそれかとぞ見る白露の光添へたる夕顔の花〉。源氏物語のよく知られた歌はヒロインのひとり、夕顔が詠んだ。光源氏との逢瀬(おうせ)のあと死んでしまうはかなさが、ごろりの実はともかく、花の姿にはよく似合う▼そして夕顔のあとは、朝顔が開きだした。「乗り切る」という動詞がふさわしい炎暑の季節。萩をゆらす秋風が吹くまで、朝露の光る一輪に英気をもらう幸いも、またよしである。
2012年7月27日(金)付
 没して8年になる詩人の石垣りんさんは、高等小学校を出て銀行に入った。一家を支えて働きながら詩を書いていた。「月給袋」という詩は、こんな書き出しだ▼〈縦二十糎(センチ)/横十四糎/茶褐色の封筒は月に一回、給料日に受け取る。/一月(ひとつき)の労働を秤(はかり)にかけた、その重みに見合う厚味(あつみ)で/ぐっと私の生活に均衡をあたえる/分銅(ふんどう)のような何枚かの紙幣と硬貨……〉。報酬とは、注ぎ込んだ時間と労力の価値を表す「分銅」に他ならない▼ならば、この分銅はあまりに軽い。全国平均で737円という最低賃金(時給)である。まじめに働いても生活保護水準を下回ることもある。これでは意欲もなえよう。人というものを買い叩(たた)きすぎていないか▼最低賃金は都道府県ごとに定められ、毎年夏に厚労省の審議会で目安を決める。それが平均でたった7円の引き上げにとどまった。1日8時間で56円の増では、雀(すずめ)の涙にもならない▼貧困問題に詳しい湯浅誠さんに聞くと、そもそも最低賃金は家計を助けるパートやアルバイトを想定していた。しかし時代は変わり、これで生計を立てている人は少なくない。いわば「小遣いの基準を賃金にあてているようなもの」だという▼企業が悪い、と叫ぶつもりはない。だが資源に恵まれない日本の最大の資源は、額に汗する「人」ではなかったか。千分の1秒の金融・証券取引で巨富を手にする仕組みの一方、大勢が「1時間7円」に泣く図はいびつだ。格差を縮める政治の意志は、どこにある。
2012年7月28日(土)付
 ロンドン五輪の「ウェンロック」と聞いても、はてな?の人が多いかもしれない。かわいくない、などと不評も聞こえたマスコットの愛称だ。正直、わが印象も右に同じだが、名前の由来を知って見直した▼英国の小さな町の名だという。そこでは19世紀半ばから住民参加の「ウェンロック・オリンピアンゲーム」が開かれていた。その大会をクーベルタン男爵が訪ね見て、触発されて近代五輪の誕生につながったのだという▼つまり「近代五輪発祥の地」は英国にあった。忘れられたような歴史が、マスコットとともに世に知られた。そういえば「参加することに意義がある」という神髄が語られたのも、104年前のロンドン大会だった。それから時は流れ、新しい五輪の一巻が、きょうから英国でつづられる▼開会式を待たず、日本は男女のサッカーで前祝いに酔った。ことに男子は大金星で、サムライが無敵艦隊を沈めた、などとメディアは興奮気味だ。幸先よし。とはいえ竜頭蛇尾という語もあるから油断はなさるな▼今大会は女子ボクシングが加わり、全競技に女子が参加する。さらに、これまで女子の参加がなかったサウジアラビアなどイスラムの3国が禁を解いた。すべての国と地域から女子選手が舞台に立てるのは、画期的なことだ▼第30巻になる五輪物語は、真っ白な表紙とページでドラマを待つ。もちろん筋書きはない。17日間地球の中心となるロンドンで、だれが伝説を作るのか。ねむい目をこすることになる。
2012年7月29日(日)付
 東京のタクシーに10年乗務した作家の梁石日(ヤン・ソギル)さんは、お客からありとあらゆる話を聞かされたという。『タクシードライバー日誌』(筑摩書房)にある。「何を話しても実害がないという点で、タクシー運転手は恰好(かっこう)の話(はなし)相手になる」▼客にも当たり外れがある。たわいもない世間話ならまだしも、酔客の繰り言に付き合う夜は「相づちも料金の内」と耐えるほかない。この世の活力と倦怠(けんたい)、喜怒哀楽のすべてを乗せて、いま全国で25万台が走る▼日本のタクシーがこの夏で100年になるという。政友会の議員たちが東京で「タクシー自働車」なる会社を起こし、T型フォード6台を銀座と上野に待機させたのが始まりとか▼初乗り1マイル(約1.6キロ)が60銭、今なら数千円という高さだが、実用の足として繁盛し、10年で500台を超えた。運転手は、詰め襟に乗馬ズボンの粋な制服、給料も破格で、新時代の花形職種だった▼以来1世紀、タクシーは公共交通の一翼を担ってきたが、規制緩和の末に業界は過当競争にあえぐ。運転手の平均年収は300万円に届かず、過労ゆえの事故も多い。若い人は長時間労働を敬遠し、ドライバーの平均年齢は57歳に達する▼足腰の弱まる高齢化社会で、タクシーの公共性はますます高い。地理に明るく、技術に優れ、愛想もいい。そんな当たり外れのないサービスは、ハンドルを握る者の暮らしが安定してこそだ。新世紀に生き残るのは、目先の利益より運転手を大切にする会社に違いない。
2012年7月30日(月)付
 歴史の節目の中で明瞭なのが改元だ。100年前のきょう、明治天皇の崩御を受けて大正天皇が即位した。大正は14年ほどだが、社会運動が花開き、本格的な政党内閣ができた時代として意義深い▼改元の年は、東京市電のストライキで明けた。死の床の石川啄木が所感を記している。「国民が団結すれば勝つということ、多数は力なりということを知ってくるのは、オオルド・ニッポンの眼(め)からは、無論危険極まることと見えるに違いない」▼軍需工場や鉱山でも労働争議が起き、都市の商工業者は悪税廃止を求めた。富山から広まった米騒動や、普通選挙の要求。行動する国民に、藩閥政治に代表される「古い日本」は揺らいだ。ただデモクラシーとは名ばかりで、そのツケは次の昭和に回る▼昨夕、都心に「原発とめろ」「福島かえせ」が再びこだまし、デモ参加者は国会前に押し寄せた。日の丸を掲げてデモを批判する一群もいたが、割って入る警視庁の警備は見たところ穏当だった。喧噪(けんそう)の中で思ったのは、言論と表現の自由を命がけで根づかせた先達のことだ▼民主主義の成熟ぶりは、街頭行動の「賢さ」と、権力側の「こらえ性」が示す。中国では、暴徒化した群衆が手荒く鎮圧され、取材していた本紙上海支局長が多数の警官に暴行された。彼は、強権の闇に切り込む記事をいくつも書いている▼一党独裁の下で13億人が暮らす異形が、末永く続くとは思えない。今はただ、歴史の節目が早く、静かに訪れることを祈る。
2012年7月31日(火)付
 九州地方に爪痕(つめあと)を残して、暴れ梅雨は明けた。豪雨への警戒から一転の猛暑。ここは蒲焼(かばや)きでスタミナを――と募る食い気が高値に泣いた7月の言葉から▼甲子園行きをかけて高校球児らが躍動した。東京、実践学園監督の朝井剛(つよし)さんは79歳、炎天下に孫のような選手を率いた。「試合の一つ一つのエラーなんか将来に全然関係ない。長生きしてみたらわかる。だからミスを恐れず、楽しみながらやれ」▼大阪の象徴、通天閣が初代の完成から100年に。俳優の赤井英和さん(52)が今の2代目を「足の短い、ずんぐりむっくりな形をしているけど、全国で唯一、地元にしっかりと足を踏ん張った塔やと思います。帰ってきたら『ただいま』と言いたくなる」。その人気は衰えを知らない▼京都の西陣織職人、藤田恵子さん(26)が祇園祭の大船鉾(おおふねほこ)の御神体の衣装を織り上げた。精魂込めて大役を果たし、「どんなすごい技も先人の誰かがやってきたこと。できないはずはないと自分に言い聞かせた。負けず嫌いなんです」▼物理学者の小沼通二(こぬま・みちじ)さん(81)が言う。「戦争や核兵器はなくならないと言う人がいる。でも考えてみて下さい。日本は戦国時代や江戸末期、国内で戦争をしていましたね。いま国内で戦争が起きる可能性があると思う人はおよそいないでしょう。地球上だって同じです」▼朝日俳壇に河村勁(つよし)さんの〈脱原発の人犇(ひし)めきて蓮開く〉。どんな未来を選ぶのか。変えられるものを変えてゆく賢さを、人は持っているはずだ。
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