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朝日新聞・天声人語 平成二十四年(六月)

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发表于 2012-10-14 21:11:08 | 显示全部楼层 |阅读模式
2012年6月1日(金)付
 「これは日本人だけが作れる映画だ。日本人だけが作る権利を持ち、より以上に作る義務を持っている」と、60年前の小欄が書いている。新藤兼人監督の「原爆の子」を見て、当時の筆者は「すぐにはペンを執れぬほどの強い感動を受けた」と記した▼占領下の日本で、原爆をめぐる記述や映像は厳しく検閲された。封じられ、忘れられたようだった原爆の悲惨を、この映画は真っ向から描いて突きつけた。「作りたい映画をつくる」を貫いてきた新藤さんの代表作である▼その訃報(ふほう)を聞いて、硬骨にして濃密な人生の軌跡を思う。反戦平和への信念は、兵役の体験が根底にある。「ゴミみたいな中年兵の一人」だった。殴られ、しごかれ、「もう敵がアメリカなのか帝国海軍なのかわからなかった」。召集仲間100人のうち、実に94人が戦死していった▼終生のパートナーになる乙羽信子さんには、亡妻をしのんだ監督デビュー作「愛妻物語」の妻役として出会う。すでに新たな家庭があった。それぞれの葛藤は想像に余るが、長い時ののちに結婚に落ち着いた▼乙羽さんの自伝にある言葉がいい。「(好かない男の砂糖より)好いた男の塩のほうが甘い」。がんで余命わずかな乙羽さんが、夫のメガホンで燃焼しきった「午後の遺言状」は名作の誉れが高い▼「新藤組はシンドイ組」と言われた撮影への執念。それを携えての旅立ちだろう。4月の小欄で満100歳をお祝いしたばかりだった。天界では新たなロケが始まるころか。
2012年6月2日(土)付
 天使突抜と書いて「てんしつきぬけ」と読む。京都市下京区の古い町名だ。マリンバ・木琴奏者の通崎(つうざき)睦美さんが住んでおられて、取材でお邪魔したことがある▼高校生の時、「冗談はやめて本当の住所を書きなさい」と先生に叱られたそうだ。今も名刺を交わすと「創作ですか」とよく言われる。初対面の人とも町の名前で盛り上がり、思いは深い。もしも町の名が消えるなら?と尋ねると、「それはもう、だんぜん反対します」▼同じような愛着が様々にあったろうに、戦後、各地で由緒ある名前が相次いで消えていった。東西南北や中央で示される新町名は「麻雀(マージャン)型」とも皮肉を言われ、味気ない。平成の市町村合併ではひらがなの自治体がいくつも誕生したが、どこか無表情だ▼そうした中、大阪府泉佐野市が昨日から「市の名前」を売りに出した。市名を企業や商品の名に変える「命名権」の売却である。破綻(はたん)寸前の財政を補う前代未聞の奇策だが、買い手がつくかどうかは分からない。市民も反対の声が多いようだ▼泉佐野は古来の村名「佐野」と国名「和泉」に由来するという。「土地の名は私たちと祖先、過去と現在をつなぐ伝導体の役割を果たしている」は民俗学者の谷川健一さんの言だ。名前に降り積もった時と記憶は厚い層をなす▼地縁と聞けば桎梏(しっこく)のように響くが、「おせっかい」の消えた街は寂しい。住む人に愛される地名は、住む人の情をこまやかにする。貴重な公共財である。津々浦々でもっと守りたい。
2012年6月3日(日)付
 飛ぶ鳥のスローモーションが美しいのは、その姿が理にかなっているからだと思う。羽ばたく翼の端がねじれることで、宙に浮きながら前に進む。発達した胸筋が絞り出す揚力と推力の使い道を、鳥たちは生まれながらに知る▼久しぶりに自然界で生まれたトキが、けなげに羽ばたいている。早朝の「飛行訓練」は、早起きの目をこすって自転車と格闘する子のようだ。飛び方は拙(つたな)くても、すでにして古い記録映像の通りである。淡紅(たんこう)色の翼を翻し、時に滑空する様(さま)に、種を保つ神の業を見る▼野生での巣立ちは38年ぶりという。ゆりかごの杉林を出て、民家の屋根で四方をうかがい、親と一緒に休耕田で餌を探す。どんな振る舞いもニュースになる。すべてが38年ぶりなのだ▼環境省の担当官は「順調すぎて怖いくらい」と語った。世界が広がれば、出会う試練も増す。年内には自立の運びだが、中国の実績では、巣立って1年後の生死は半々。専門家が怖がるには理由がある▼それでも、野に放たれた個体からすでに8羽のヒナがかえった。「野生絶滅」なる悲しい仕分けも改められよう。この日を夢に見ながら他界した高野高治(たかじ)さんら、保護活動の先駆者たちに、佐渡の空に舞う幼鳥をお見せしたかった▼いや、ご覧になっているかもしれない。恩返しの飛翔(ひしょう)でもある。若い羽ばたきのそれぞれが、感謝の波動となって天に伝わるはずだ。飼育ケージから里山へ、放鳥一世から次世代へと、淡紅に燃ゆる命をつなぐ長旅が始まった。
2012年6月4日(月)付
 日曜の昼は、土曜の夜と並ぶ週末の華である。土日がお休みならの話だが、この数刻の使いようで、来(きた)る週の活力は満ちも枯れもする。最悪の過ごし方は仕事絡みのトラブル処理だろう▼きのうの野田首相がその口だ。仲介者を交えた小沢一郎氏との再会談は、今回も同じ党の代表と元代表とは思えぬ重々しい設定に。大将が自称一兵卒を呼び出しての休日返上だったが、徒労に終わった▼首相は自民党の協力で消費増税を通すべく、問責閣僚らを切る腹を固めた。しかし、その勢いで小沢氏もとはいかないらしい。いよいよ採決となり、造反、処分と引っ込みがつかなくなるまで、自民が望む「小沢切り」はありそうもない▼前にも書いた通り、民主党の本質は、個々の当選のために党名を使い回す互助組織。緩くまとまってこその党なのだ。この第1党以下、各議員の主義主張と政党のくくりがずれ、さらには衆参の勢力がねじれる日本政治は、いまだ悠長な過渡期にある▼片や経済は、ユーロ危機の再燃、中国経済の減速、米景気の不安と風雲急を告げ、同時株安が止まらない。大きな財政赤字を抱えながら、日本は通貨だけが消去法で買われる「ほめ殺し円高」の苦境だ▼勤め人が再起動する月曜の朝である。首相が英気を養えたかどうかにお構いなく、政経両面でリーダーの力量が試される週になる。内閣改造に続く一手に、日本再生がかかるかもしれない。選挙互助会の結束や水膨れした議席より、大事なことは山ほどある。
2012年6月5日(火)付
 正岡子規にユーモラスな一句がある。〈涼しさや人さまざまの不恰好(ぶかっこう)〉。冷房などなかった明治の夏の様子だが、縁台や路地で、かなり楽な格好で涼む老若男女が目に浮かぶ。ふんどし一丁、腰巻き一枚といった「雄姿」にも市民権はあっただろう▼「六月無礼」という言葉は、暑さのきびしい時期には服装が多少乱れても大目に見てもらえることを言う。古く平家物語にも出てくるそうだ。この六月は旧暦だが、新暦6月の衣替えに合わせたクールビズの語が生まれて、はや8年になる▼最初の年は、とにかくネクタイを外した。「朝帰り」などと冷評されつつ、何とか板についてきて、去年はより切実な節電のためのスーパークールビズになった。そして今年はさらに進化しているという▼さすがに短パンで職場には――と尻込みする向きにも、七分丈のパンツが好評らしい。素材も、肌触りの涼しい「接触冷感」や汗対策の効いた「吸水速乾」などと増え、選ぶ幅はずっと広がってきた▼高温多湿の日本の夏に、洋服の仕事着は古くて新しい課題のようだ。昭和初めの本社刊『明治大正史』は、夏場の大汗に「日本が北緯40度以上の大陸国であったなら」と記し、「我々の仕事着はまだ完成していない」と書いている。平成の今も、模索は継続中だ▼職場職場で「六月無礼」の幅を、無理なく、されど広く取りたいものだ。多少ラフで不格好でも、歩く人が多くなれば道はできる。味わい深い古言を、死語にするのはもったいない。
2012年6月6日(水)付
 科学者アインシュタインにこんな逸話があるそうだ。妻のエルザが米国の最先端の実験室に招かれた。大きな新しい機械を見せられる。これで宇宙を探っていると説明されて妻が言うには、「夫は同じことを使い古しの封筒の裏でやってますよ」▼つまり、そのへんの紙切れで計算してます、と。『ゆかいな理科年表』(ちくま学芸文庫)に教わった。真偽はともかく大天才ゆえの逸話だろう。その奥さんが天国で、「だから言ったでしょ」と笑っているかもしれない▼去年、ニュートリノなる素粒子が光より速いと報告された。本当なら、光速を超す物質はないとしたアインシュタインの特殊相対性理論、すなわち現代物理学の土台を揺るがす。ひとしきり騒ぎになったが、先ごろ、結果は誤りだと分かった▼スイスの加速器からイタリアの検出器へ素粒子を飛ばす実験は、問題点を修正して再び行うと光速は超えなかったという。素人としては「博士はやっぱり偉かった」と感心するほかないが、光の「王位」が動かぬ天地の理(ことわり)に、どこかほっとする▼光は秒速30万キロ、1秒で地球を7周半、と誰もが習ってきた。太陽の光は8分17~19秒で地球に届く。この距離で光をもらい、地球に生命が栄えてきた。この星をほどよく温める絶妙の配置は奇跡と言えるらしい▼今日は金星が太陽の前を横切る天体ショーがある。明るい金星が、黒い点となって太陽に重なる。天才の理論はお手上げだが、星々の運行に天界の深遠を想像してみる。
2012年6月7日(木)付
 造物の妙のひとつに生き物の「擬態(ぎたい)」がある。周囲の環境に紛れるカムフラージュなどのことで、隠れ上手の昆虫ナナフシなど、木の葉や小枝と見分けがつかない。〈武器持たず逃げ足のろいナナフシは擬態のあげくポロリと身捨つる〉。かつて本紙歌壇に載った情景が、菊地直子容疑者(40)の逮捕にどこか重なる▼人目をかいくぐって17年。特別手配されていたオウム真理教元信徒の逃亡生活が、色々と分かってきた。「もう逃げなくてもいいと、ほっとしています」。世をあざむく自分に疲れて、ポロリと吐いた本音だろう▼偽名で介護員として働いていた。職場の「女子会」で飲み、自宅に知人を招くこともあったそうだ。だが、かりそめの日々にいくら紛れても、「逃亡者」という現実は動かない▼同居を始めた男から求婚されたが、本名を明かして断ったという。その代わりに婚礼服姿で記念撮影だけをして、指輪も贈られた。2人で出頭しようと話し合ったが、できなかった。しめっぽい演歌調はしかし、罪を薄める解毒剤ではない▼それにしても、ダイエット広告の「使用前」「使用後」のような手配写真と今の落差に驚く。痩せる太るは小細工不要の「変装」になる。意図した減量か、逃亡やつれかは、本人のみぞ知る、だろう▼最後の一人、高橋克也容疑者(54)も年貢の納め時が来たようだ。実在の人になりすます擬態で世に潜んできた。カルト教団の闇の一端を白日にさらす。せめてもの罪滅ぼしが逃亡者らを待つ。
2012年6月8日(金)付
 洋の東西を問わず、昔は奇妙きわまる裁判があった。欧州では殺した者が被害者の遺体に近づくと、亡骸(なきがら)から血が流れると信じられたそうだ。そこで、ある地方では、犯人不明の殺人があると、近所の者を残らず呼び出して遺体に触らせたらしい▼まともに裁けたとも思えないが、『続法窓夜話(ぞくほうそうやわ)』(岩波文庫)によれば、実際に血が出て有罪になった話が伝わっている。以来時は流れても、神ならぬ身で人を裁く難事が、誤りと道連れなのは変わらない▼15年前に東京で起きた東京電力女性社員殺害事件について、東京高裁は無期懲役に服しているネパール人男性(45)の再審開始を認めた。無実を訴えてきた本人はむろん、家族や支援者が待ち望んでいた朗報である▼裁判は一審で無罪、二審で有罪にくつがえり、それで確定した。きのうの決定は、新たなDNA型鑑定を「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」と判断している。併せて刑の停止も認めた。つまり釈放である▼〈叫びたし寒満月(かんまんげつ)の割れるほど〉の一句を思い出す。無実を訴えながら死刑を執行された西武雄さんが獄中で詠んだ。刑は違うが、男性も同じ思いではなかったか。しかし、ようやく開いた道に検察は通せんぼをする▼「到底承服できない」と異議を申し立てたため、裁判官を替えて審理は続く。警視庁の元幹部が言う「間違いなんてことは絶対にない」も怖い言葉だ。「真実」をするりと逃がして、冤罪(えんざい)を生みかねない。謙虚な自信が、法の守り手にはほしい。
2012年6月9日(土)付
 今もそうなのか、どうか。日本のある大手航空会社の客室乗務員は、機内で否定語の対応をするべからず、と教育を受けていた。たとえばビールを頼まれて、「ない」と言ってはいけない。「ただ今はソフトドリンクだけ用意しております」。20年余り前に取材で聞いた話である▼茶をこぼした、ボタンがとれた、暑い、寒い――乗客の要望は様々だ。「スチュワーデスは乗客に対して理想のスチュワーデス像を演じるのが仕事」と教官は話した。だが、時代は変わったようだ▼航空会社スカイマークがサービス方針を示した、乗客向けの機内文書が話題を呼んだ。「機内での苦情は一切受け付けない」「丁寧な言葉遣いを義務づけていない」など8項目あって、微笑を消した強面(こわもて)ぶりだ。その中の一文が物議をかもした▼不満があれば消費生活センター等へ、と書かれていた。税金で運営される公的機関に「尻ぬぐい」をさせる不見識に、消費者庁が怒った。結局謝罪して回収したが、高飛車な文面と相まって空の旅の興をそぐ▼とはいえ、客の側にも無理難題を言う人はいる。「感情労働」という言葉があって、客室乗務員が典型とされてきた。自分の感情をひたすら押し殺し、相手に合わせた言葉と態度で応じる。強靱(きょうじん)な「堪忍袋」を求められる仕事である▼昔の空の「もてなし上手」は、一方(ひとかた)ならぬストレスの賜(たまもの)だったようだ。今のご時世、簡素なサービスは悪くないが、木で鼻をくくるのとは違う。取り違えないよう願いたい。
2012年6月10日(日)付
 自省めくが、新聞やテレビの記者はついついニュースに追われがちだ。ジャーナリズム本来の「追う仕事」に忠実なのは、フリーを主とする報道カメラマンだろうか。名声と正義、生活のために、彼らは体を張る▼去年、世界の報道写真家は「春」を追い続けた。早春の大震災に、中東で広がる民主化運動「アラブの春」である。東京都写真美術館で恒例の世界報道写真展を見た(8月5日まで)▼イエメンのモスク。反政府デモで催涙ガスを浴びた18歳の青年を、黒ずくめの母親が介抱している。ミケランジェロのピエタ像、イエスの亡骸(なきがら)を抱く聖母マリアを思う。母子の愛に、キリスト教もイスラム教もない。偏見を突く作品と評価され、大賞に輝いた▼チュニジア、エジプト、リビアと春は巡り、長期独裁は崩れた。昨秋、市場の冷蔵室に横たわるカダフィ大佐の遺体をとらえたのはフランスのレミ・オシュリク氏だ。氏は4カ月後、転戦先のシリアで政府軍の砲撃に散った。28歳だった▼シリアでは、遅い春を待ちわびる民衆への弾圧、虐殺がやまない。銃弾をかいくぐるレンズは、写真展の審査委員長エイダン・サリバン氏(英国)の言葉を借りるなら、「暗闇の中の私たちの目」である▼闇の実相を命がけで伝える目があって、惨めに転がる子どもや女性は「物言う遺体」となる。国際世論を恐れて、独裁者は薄汚れた手でその目を塞ぎたがるが、勝負は見えている。人々の勇気に携帯カメラなども加勢し、目は無数なのだ。
2012年6月12日(火)付
 自宅ベランダのミニトマトが青い実をつけた。室内では熱帯生まれの観葉植物が開花の支度を始めている。草木だけが知る長雨の気配があるらしい。平年並みの頃合いで、東北南部までが梅雨入りした▼じめじめ、むしむしは嫌われるが、この国の自然や文化に欠かせぬひと月余りである。古来の文人墨客(ぶんじんぼっかく)らは、水満ちる季節を巧みな筆で描いてきた▼梅雨を詠んで名高い句に、芭蕉の〈五月雨(さみだれ)を集めて早し最上川(もがみがわ)〉がある。疾走する流れが、船上からの生中継よろしく活写される。同じ季題でも、蕪村の〈五月雨や大河を前に家二軒〉は静止画の趣。ニュース写真に通じる緊張感で、水害の危地を切り取っている▼天気図にも動と静があるなら、梅雨は滞るほうの代表だろう。春夏を分かつ休止符のように、南北の気団に挟まれて前線が横たわる。春雷や竜巻に慌てた日々を思えば、揺るがぬ曇天、予報通りの細雨(さいう)も悪くない▼昨年亡くなった詩人、岸田衿子(えりこ)さんに「いろんな おとの あめ」がある。〈はっぱにあたって ぴとん/まどにあたって ぱちん/かさにあたって ぱらん……〉と楽しい。雨粒を受けた側の質感を三音で聴き分けて妙だ。〈すみれのはなに しとん/くるまのやねに とてん〉▼鈍重な天気図の下、降り暮らす雨滴の群れは、それぞれの音をたてて地に消える。無粋を省みず、梅雨の肌ざわりを短詩風にすれば、「にほんれっとうが じゅるん」とでもなろうか。「にほんのせいじ」も、右に同じである。
2012年6月13日(水)付
 大相撲の八百長問題で忘れがたい怪文がある。〈立ち合いは強く当たって流れでお願いします〉。星を買った力士から対戦相手への携帯メールだ。勝敗に至る攻防がわざとらしくならないように、との念押しだろう▼大飯(おおい)原発が「流れ」で動き出そうとしている。福井県知事の求めで野田首相が地元に感謝し、再稼働の決意を表明、それではと地元が同意に動く。安全に関わる吟味が、儀式のごとく運ぶさまに違和感を覚える▼知事には供給基地の意地もあろうが、思わず先のメールに返信された〈少しは踏ん張るよ〉が浮かぶ。先々のエネルギー事情を決する国策の土俵で、ガチンコ勝負どころか、下手な社交ダンスを見せられていないか▼首相は、国民生活を守るんだと胸を張る。停電や値上げは嫌でしょう、と。とはいえ、事故の原因も特定されていないのに、福島級の天災にも耐えられるとする不可解。国が本音で守りたいのは、コスト増にあえぐ電力業界らしい▼国会の事故調査委員会は、当時の政府の対応を痛罵(つうば)した。すっかり悪者にされた菅前首相は、脱原発の急先鋒(きゅうせんぽう)でもある。原子力ムラの巻き返しか、はたまた「ムラ役場」たる経産省あたりの筋書きなのか、ともあれ夏の足音とともに安全神話への逆走が急だ▼あまたの土地と暮らしを奪い、麗しき郷土を汚した事故から1年余り。あれは想定を超えた津波と浅はかな為政者の合作、ということで一件落着しかねない。「流れ」に身を任せたまま、なんにも学ばずに。
2012年6月14日(木)付
 男の子はたいてい乗り物が好きだ。昭和の昔から人気があるのは「はたらく車」である。消防車や清掃車、ブルドーザーにフォークリフト。ただ、働くからといってすべてが正義の味方とは限らない▼昨夏のこと、中国から北朝鮮に軍用の大型特殊車両4台がこっそり輸出された。春の軍事パレードで「新型弾道ミサイル」を背負った、あの16輪車だ。「動く発射台」の輸出は、北朝鮮に軍用物資を送らないと決めた国連安保理決議に背く▼この車を運んだ船が後日大阪に寄港した折、立ち入り検査で輸出目録という動かぬ証拠が見つかり、米国と韓国に通報された。米に内々に問われた中国は輸出を認めた上で、「伐採した大木を運ぶための車」と強弁したそうだ▼〈名月をとってくれろと泣く子かな〉一茶。北朝鮮と中国の縁は、だだっ子におもちゃを買い与える親に似る。甘やかした子がだめになるのは世の常、気の利いたご近所なら親をやんわり諭すのが道だろう▼ところが、日米韓は国連決議違反の公表を控えた。中国は北朝鮮の暴発を抑えている、いたずらに追い詰めたくないという米政府の意向らしい。一時(いっとき)でも非行が収まるなら、おもちゃの一つや二つと。北朝鮮はしかし、よからぬ仲間に火遊びの道具を広めている、とも伝えられる▼「はたらく車」も、使いようで破壊と人殺しの機械に化ける。ミサイルという大木を運ぶモンスターが裏道をすり抜ける不気味、捨て置けない。国際社会は「親」に直言する時である。
2012年6月15日(金)付
 大漁に二日なしという。潮流や水温に左右される漁獲は気まぐれで、船が傾(かし)ぐほどの水揚げはそうそう続かない。年ごとに取れなくなる背景には、汚染や乱獲もあろう。豊漁貧乏もつらいが、魚影が薄すぎては商売にならない▼ツナ缶の苦境が報じられた。原料のキハダマグロやカツオが十分に取れず、値上げの瀬戸際だという。利益が出にくいからメーカーも意気が上がらず、10年前に年6万トンあった生産量は4万トンを割った▼不漁の一因は、南米ペルー沖から中部太平洋の水温が下がるラニーニャ現象らしい。ただし本当のところは分からない。滋養豊かなツナ缶は途上国で人気が高まり、原料の不足感は尾を引きそうだ▼本紙別刷り「be」にあった「好きな定番缶詰」の投票でも、首位はツナ缶だった。代名詞の「シーチキン」は発売から半世紀。チキンの代用品を思わせる商標は、マグロがより大衆的だった時代をしのばせる。今なら、鶏肉をマグロに似せた「ランドツナ」が開発されてもおかしくない▼希少化によるピンチといえばウナギである。3年続きの記録的不漁で稚魚の価格が高騰、輸入も減り、かば焼きはますます高い。どうも魚の総量が減ってきたようだ▼SUSHIを先兵に、健康的な魚食文化は世界に広まった。このうまさに気づかれたか、という思いはあるけれど、若い世代の魚離れを知れば偉そうに元祖づらもできない。垣根のない水の畑を囲む国々が、知恵を持ち寄り、長く食べつなぐ道を探りたい。
2012年6月16日(土)付
 女子も同じだろうが、「男子三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ」という。人は日々変わる、心して接すべしという戒めだ。潜伏17年、社会が刮目して捜す顔が司直の手に落ちた▼殺人容疑などに問われたオウム真理教元信徒、高橋克也容疑者(54)。連行される中年男は、最後の逃走劇での映像、似顔絵のどれとも違って見えた。「会わざる数日」を経た鮮明な輪郭、伸びた髭(ひげ)は実物にしかない存在感を放っていた▼容疑者はマンガ喫茶にいた。住んでいた川崎からJRで一駅の距離は、動くに動けぬ雪隠(せっちん)詰めを思わせる。匿(かくま)ってくれる仲間もいないのか、潜伏と呼ぶには無防備な、くすんだ末路である▼追い詰めたのは、防犯カメラという「定点監視チーム」と、異例の公開捜査だろう。メディアに毎日さらされる己の近影。解像度に関わらず、逃げ慣れた身にもこたえたはずだ。街角や天井から降り注ぐ「無言の刮目」は、監視社会の息苦しさと引き換えに、犯罪者の日常をしばる▼「これほど長く逃げ回っていたことは、事件による被害に輪をかけて、私たち被害者や遺族を苦しめました」。地下鉄サリン事件で駅員の夫を亡くした、高橋シズヱさん(65)の言葉は鋭い。一人が逃げた月日は、万人が泣いた歳月でもある▼これで、特別手配されたオウムの残党はすべて捕まった。しんがりの男には重い仕事が待つ。苦い記憶の断片を残らず法廷に差し出し、狂気の実相をありのまま語ることだ。泣かせ続けた者の、せめてもの償いである。
2012年6月17日(日)付
 占領時代に別れを告げる講和条約が結ばれた1951(昭和26)年、「逆コース」という言葉が流行語になった。東西冷戦を背景に、なし崩し的に再軍備が進められ、復古調の空気が世間に流布した。言葉には、「この道はいつか来た道」の意味合いがあったという▼時代も、起きている事も異なるが、大飯原発の再稼働に、古い言葉が思い浮かぶ。歌舞伎の舞台を見るような型通りの儀式をこなして、政府はきのう「最終判断」を下した▼つまり「安全神話」への逆コースに他ならない。都合の悪いことは知らんぷりで、体裁の整う事柄だけを甘くつないで「安全」をうたう。うそで化粧してきた産官学とは違い、だまされた側は忘れようもない▼繰り返しになるが、原発を知らなかったこと、知ろうとしなかったことを、大勢の人が誠実に悔いている。その上での脱原発依存の潮流を、「精神論」だと野田首相が言うのもいただけない。政と官の本性が、言葉の端からのぞいていないか▼「喧嘩(けんか)は片方にしか非がなければ長く続かない」という。喧嘩ではないが、国論を二分するようなテーマは双方に是と非が相混じるものだ。だが原発の場合、将来には無くす方向でおおむね意見は一致する。その中長期ビジョンさえ示さないままの再稼働は、国民への誠実を欠く▼とにかく、なし崩しは許されない。安全を言い張る稼働こそが、むしろ精神論だろう。それは自信から過信に姿を変えて、遠からず「いつか来た道」をたどり始める。
2012年6月18日(月)付
 スウェーデンのストックホルムで開かれた100年前の五輪に日本は初参加した。マラソンの金栗四三は疲労困憊(こんぱい)して途中で倒れ、民家で介抱されるうちに行方不明扱いになった。時は流れて、当地の五輪委は55年目の祝賀行事に金栗を招く▼スタジアムでテープを切ると、「日本の金栗、ただいまゴールイン、タイムは54年と8カ月6日5時間32分20秒3。これをもって大会の全日程を終了します」とアナウンスが流れたそうだ。こんな話は理屈なしに頬がゆるむ▼さて、1991年のノーベル平和賞授賞式も、一昨日ようやく全式典を終えたことになろうか。自宅軟禁で出席できなかったミャンマーのアウンサンスーチー氏(66)が、21年の後にノルウェーで受賞演説に立った▼2年前には想像もできなかった軍政国家の変容である。スピーチで、平和をめざす人々を「救いの星に導かれる砂漠の旅人」と語った。砂漠に例えたのは、一歩一歩を黙々と歩むイメージだろうか。話し終えると拍手が鳴りやまなかったそうだ▼ノーベル平和賞は栄誉ながら悲痛を伴う。戦乱が激しく、虐げられた人が多いほど注目され、輝きを増す。氏の背後には恐怖で支配される民衆がいた。本人も万感胸に迫る演説だったろう▼金栗に話を戻せば、粋なはからいに「長い道中の間に孫が10人できました」と応えたそうだ。片やスーチー氏は英国人の夫を看取(みと)ることもできず喪(うしな)った。夫君が眠り、平和の祭典五輪の近づく英国を、このあと訪ねるという。
2012年6月19日(火)付
 文字は書くより打つものとなり、ペンダコは死語になりつつある。それでも職業ダコは「その道一筋」の勲章である。右利きのバーテンダーなら、シェーカーを支える右手小指が硬くなると聞いた。修業中は何度も皮がむける▼野田首相の右手にタコがあるなら、なりふり構わず消費増税のドアを叩(たた)き続けた証しである。最後は扉をこじ開けんと自民、公明両党に譲歩を重ね、一体改革の修正合意を得た。民主党のマニフェストは見る影もない▼メキシコに赴いた首相は、国際会議に集中する心身ではなかろう。丸のみを迫られたのどは腫れ、看板政策を棚に上げた腕は痛み、すり寄りすぎた足がつる。政局の疲れをテキーラの一杯で癒やし、帰国後の政治決戦に備えている時分か▼党内には「増税談合」「自殺行為」といった批判が渦巻き、小沢グループなどの議員は造反を公言している。衆院で採決に持ち込めば党分裂、先送りなら政権立ち枯れのピンチとなる▼時の首相が野党と組んで、自党の仲間とやり合う。長い憲政でも珍事に違いない。もはや政党の体(てい)をなさず、取り繕う策も尽きた民主党は、割れるなら早いほうがいい。政治家個々の責任が問われる時局である▼責任と酒の重さを受け止めるバーテンの手は、もろもろを混ぜ合わせて未知の味を生む。この日本、政界再編のカクテルに酔う暇(いとま)はないのだが、それなしには前に進まない。消費増税に白黒をつけたら、「この指とまれ」をやり直し、政治の厚い皮をむく時だ。
2012年6月20日(水)付
 「ひとだすけ」の言葉を知っていたろうか。思わぬ事故で横たわる小さな体から、温かい臓器が摘出された。他の命を救う大仕事を終えたその顔に、父母は涙をためて、穏やかな笑みを投げかけたそうだ▼富山大学付属病院で6歳に満たぬ男児が脳死となり、移植のために臓器が供された。この年齢の子どもからは国内初の提供だ。心臓と肝臓はそれぞれ10歳未満の女児2人に移植された▼若い脳は回復力が強く、脳死の判定は慎重を要する。虐待の跡がないのを確かめ、最初の判定から丸一日あけて再判定する。幼児間の臓器移植が日本でも定着すれば、費用や体力面で負担が大きい「渡航移植」に頼らずにすむ。悲嘆の底で重い決断をしたご両親は「息子を誇りに思う」と記した▼男の子は、同世代の女児の体内で「生き」続ける。臓器を取り換えた彼女たちは、やがて恋をし、母にもなろう。人生の山谷(やまたに)が続く限り、坊やはその営みを、裏方で支えることになる▼「昨日と今日は、偶然並んでいただけでした。今日と明日は、突然並んでいるのでした。だから明日の無い時もあるのです」。飛行機事故で亡くなった坂本九さんに、永六輔さんが手向けた言葉だ▼偶然並んだ毎日には、不慮の悲しみも突然の幸(さち)もある。気まぐれに置かれた飛び石を曲芸のように渡り、命は明日へとつながる。わんぱく盛りの心臓と、汚れなき肝臓をもらい、少女たちは未来に歩み出した。会ったことも会うこともない恩人と、二人三脚の日々が待つ。
2012年6月21日(木)付
 「ハイドランジア=水の器」の属名を持つ花にも、さすがに限度があるらしい。しこたま雨に打たれた道端のアジサイが、やれやれといった顔で残りの風に揺れていた。紀伊半島に上陸した台風4号は、列島を駆け抜けて東北沖に出た▼6月の台風上陸は8年ぶりという。季節外れの暴れん坊に、不意を突かれた思いだ。張り出した太平洋高気圧の縁(ふち)を回るように、続く5号も九州に近づいている。台風と梅雨前線の「共鳴」が怖い▼〈短夜(みじかよ)のあけゆく水の匂(におい)かな〉久保田万太郎。長雨のさなか、明け急ぐ夜に夏が兆す時期でもある。きょうは夏至、昼間が最長になる。東京の日の出、日の入りから計算すると、先ほど明けた夜は9時間25分、一日の39%しかない。札幌では36%だ▼これからは一転、昼の時間が短くなるが、暑さの本番は梅雨明けから。その頃に、寝不足を誘う映像がロンドンから届き始める。「夜」はさらに削られよう。夜更かしのテレビは、照明やエアコンを巻き込み、省エネの努力を試すことになる▼電力不足の心配は、去年の首都圏から関西に移った。五輪の日程などを考えると、やりくりの正念場は立秋あたりになろうか。今年も、節電こそが「最強の発電所」だと実証したい▼6月に台風が襲来した年は、梅雨が早じまいすると聞いた。それだけ太平洋高気圧が強いということだろう。一過の東京は今年初の真夏日になった。水の匂い、猛暑の予感、節電の覚悟。急ぎ足の予告編に、四季の歯車の音を聞く。
2012年6月22日(金)付
 「結果的に甘さがあったと言わざるを得ない」。甘かったと素直に言えないのはなぜか。後ろめたい点があると、人は持って回った言い方になるものだ。意のままに使ったつもりの言葉に、本音が透ける▼福島第一原発の事故で、東京電力が最終報告書をまとめた。想定の甘さは認めたが、それを超す津波が原因だと、またぞろ被害者のような筆致である。他方、当時の首相官邸の介入を「無用の混乱を助長させた」と腐した▼「天災が起こし、思わぬ爆発が広げ、怒りっぽい首相がこじらせた悲劇」とでも総括したいらしい。誰よりも事故の近くにいた東電である。真実に迫れるはずなのに自己弁護に熱心なのは、被告人の陳述と思えば合点がいく▼会社は被災者に、役員陣は株主から訴えられている。「正直」すぎては裁判に障るし、下手に責任を認めると税金で助けてもらえないとの腹だろう。被災地の首長は「誠実さや謙虚さがない」「住民への侮辱」と容赦ない▼先日、わが家にも東電から「料金値上げのお願い」が届いた。7月から平均10%強の申請である。家庭向けの販売は全体の4割だが、利益では9割を稼ぎ出すおいしい部門なのだ▼ますます離れる世論が見えるだけに、命がけで現場を守る人々が気の毒でならない。
2012年6月23日(土)付
 鳥の飛翔(ひしょう)力は想像を絶する。カモメの仲間なのに水が苦手なセグロアジサシ。繁殖地の孤島を巣立ったが最後、長じて戻るまでの3~4年は、ほとんど海の上を舞い続けるそうだ。水面すれすれで魚を捕らえ、眠るのも飛びながらというから驚く▼水辺にいるタカの一種、ミサゴも漁の名手だ。獲物を見つけるとヘリコプターのように空中にとどまり、狙いを定めて急降下する。緩急自在の曲芸飛行、英名をオスプレイという▼同じ名を持つ米軍機の話題が、バタバタと騒がしい。海兵隊などの輸送を担う怪鳥は、主翼の両端に角度が変わる回転翼を備え、ヘリのような離着陸と、飛行機なみの高速移動が可能。沖縄の普天間飛行場に配備される計画で、本土での訓練も見込まれる▼沖縄の反発は激しい。なにせ試作段階から墜落が続き、今年もモロッコと米国で落ちた機種である。市街地に接し、すでに世界一危険とされる普天間への飛来は、地元の感情を逆なでしよう▼今年も沖縄慰霊の日を迎えた。復帰40年にして、基地の中に島があると言われる現実は動かない。オスプレイもそうだが、県民の平穏と安全を犠牲に、日米関係や極東情勢を重んじる国策がまかり通ってきた▼小欄、軽々しくタカよりハトが好きとは言わない。安全保障には冷徹な戦略が必要だろう。だが、ここまで歪(ゆが)んだ負担を見過ごせようか。一つの地域、それも平和の聖地であるべき島を震わす羽音は、もうたくさんだ。「ひめゆり」たちも眠るに眠れまい。
2012年6月24日(日)付
 モリアオガエルは樹木に泡のような卵塊を産みつける。繁殖地として国の天然記念物に指定されている福島県川内村の平伏(へぶす)沼で、産卵が最盛期を迎えたそうだ。原発禍で避難を強いられた村は、カエルにちなんだ「かえる かわうち」を合言葉に帰村と復興をめざしている▼カラララ・カラララ・クックックッとモリアオガエルは鳴くという。カエル族の鳴き声は擬音が多彩で、たとえば詩人の三好達治は「けりけり」と表した。これは春の初蛙(はつかわず)。同じく那珂太郎氏は夏の合唱を「ぎよぎよ」。俳人臼田亜浪(あろう)に〈けくけく蛙かろかろ蛙夜一夜〉の句がある▼そして「蛙(かえる)の詩人」の草野心平。「けくっくけくっく」と鳴くかと思うと「ぐりけっぷぐりけっぷ」と鳴いて奔放自在だ。川内村を愛し、名誉村民でもあった心平さんに「婆さん蛙ミミミの挨拶(あいさつ)」という短詩があったのを思い出す▼〈地球さま。/永(なが)いことお世話さまでした。/さやうならで御座(ござ)います。/ありがたう御座いました。/さやうならで御座います。/さやうなら。〉▼この世の去りぎわ、命をもらって生かされた天地(あめつち)への、老蛙の素朴な感謝が人間にはこたえる。身一つで命を全うする他の生き物と違い、収奪し、汚染し、破壊して鬼っ子さながら。ひとり人間だけが「直し方の分からないものを壊し続け」ている▼「持続可能」の一語を、リオ+20の会議後も胸に刻みたい。「万物の霊長」と自尊しての勝手放題、そろそろ真に目覚めねば、蛙に合わせる顔もない。
2012年6月25日(月)付
 対テロ戦争の最前線となったアフガニスタンの子どもたちにユニセフ(国連児童基金)が聞いた。最も怖いことは何ですか? 「爆撃と爆発の音」や「銃を持つ男」を抜いて、「幽霊」というのが一番多かった▼それを知った東京のNPOが、子らに「幽霊」の絵を描いてもらった話を、かつて小欄に書いた。黒こげ、血まみれ、飛び出す骨や内臓……。幼い色づかいで表された酸鼻は見るに切なかった。戦火は五感を通して子どもの柔らかい心をえぐる▼アフガンの泥沼はなお深い。そして今、シリアが砲煙の下で血に染まっている。内戦状態の中、武器をつかんだ手が、幼い心はおろか命までもえぐり取っている。小さな骸(むくろ)が横たわる虐殺は人間の所業とも思えない▼相次ぐ虐殺への関与が言われるのは、政府側から武器を与えられた民兵組織だという。一派は「シャビーハ」と呼ばれ、「幽霊」とも訳されるそうだ。だが血も涙もあるはずの、まぎれもない人間の仕業である▼シリア軍も卑劣だ。国連の報告によれば、3月に北部を攻撃した。その際、兵士を乗せたバスの窓に少年少女らを置いて「人間の盾」にしたという。モラルは地に落ち、腐臭を放っている▼例によって国連安保理は役をなさない。ロシアは武器を売り、中国は独裁政権の肩を持ち、思惑と打算で目をつぶる。どうしたら無辜(むこ)の命を守れるのだろう。身勝手な正義と大国のエゴ。はざまで幼い未来が奪われる悲劇は、同じ地球上の現実として、悪夢にすぎる。
2012年6月26日(火)付
 せっかちな人ほど心臓を患いやすい。半世紀前、米国の心臓内科医フリードマンが病院での観察をもとに唱えた説だ。外来待合室の椅子は、なぜか座面の前端ばかりすり切れる。患者の様子を探ると、名を呼ばれたらすぐ立てるよう、みんな浅く腰かけていたという▼政治家の心臓は総じて毛深いが、民主党の衆院議員は心痛しきりだろう。消費増税に政治生命を賭した野田首相と、異を唱える小沢元代表の攻防が佳境を迎えた。去就を決めかねた議員は、後援者や同僚の言に迷い、椅子から腰を浮かせる▼首相は国会で、増税法案への賛成には党議拘束がかかると明言した。きょうの採決で従わなければ党則違反だ。まともな政党なら、除籍を含む重い処分に値しよう▼ところが、輿石幹事長は甘く見過ごす風でもある。だから鳩山元首相のように、反対でも離党はしないと言い放つのんきな人が出る。この党で衆院議員を務めた精神科医、水島広子さんが著書で見抜いた通り、政治家とは自己愛にあふれた人たちなのだ▼我こそは重要な人間という彼らの思いは、政変の足音に燃え上がる。小沢グループなどの若手はすでに、次の選挙をいかに戦うかで頭がいっぱいだろう。政策は政局の後景へと退いてゆく▼小沢氏は、離党して増税反対を掲げれば戦えると鼓舞したに違いない。今日(こんにち)の激動に備えて手勢を養ってきた氏も、いよいよ最後の戦(いくさ)である。せっかちに壊して回るエネルギーの出どころは、憂国の情か、並外れた自己愛か。
2012年6月27日(水)付
 中国で生まれた造反という言葉には、かすかに正義が匂う。謀反(むほん)といえば、私的な恨みから主(あるじ)に背く語感だが、造反は正々堂々と大義に従う感じか。かの文化大革命を正当化したスローガン「造反有理」の名残だろう▼きのうの衆院本会議。消費増税法案の採決で民主党から多くの造反者が出た。党議拘束をかけたのに、処分覚悟の反対が57票。迷った末の棄権や欠席と合わせ、4人に1人が党の方針に背を向けた。意を決して反対の青票(せいひょう)を投じる議員たちは、「理は我にあり」の顔である▼造反劇の座長にあたる小沢元代表は、投票後に笑顔を見せ、議場を出ると何度か「よし」と発したそうだ。数こそ力と信じる人は、まとまった反対票に満足げ。この勢いで仲間と離党する、との見方もある▼会見した野田首相は「造反者には厳正に対応する」と、不自然に語気を強めた。とはいえ、強い処分で「小沢新党」が思わぬ数に膨らめば、与党は衆院でも過半数を割ってしまう。本望だろうが、増税が政権の息の根を止めかねない▼ともあれ、採決では賛成の白が青を圧し、増税は実現に動き出した。消費税率は2014年春に8%、15年秋に10%に上がり、年10兆円を超す大増税となる。負担感の大きい所得層の救済策が欠かせない▼内輪もめの時ではない。社会保障の組み直し、無駄の削減など、与野党で詰めるべき課題は多い。内閣支持率は20%台。過半の有権者がとっくに青票を握りしめている。恐れるべきは、民の造反である。
2012年6月28日(木)付
 柔らかい人が堅い職を選ぶ。ままある話だが、これだけの肩書を連ねてなお、柔らかさを保てた人は少ないだろう。刑事法学の大家で、最高裁判事や宮内庁参与を務めた団藤重光(だんどう・しげみつ)さんが98歳で亡くなった▼戦中、学者の一人として東条首相に招かれ、官邸で中華料理を供されたことなど、長い職歴を語る逸話は多い。刑事訴訟法の生みの親でもある。東大の教え子だった三島由紀夫は、刑訴法の「整然たる冷たい論理構成」に魅せられ、「小説や戯曲のお手本に思われた」と記している▼満天の星を仰ぎ、地球と己の小ささに絶望したのは10代の頃。いかついお名前と経歴からは想像しがたいが、その繊細さが後のリベラル志向、皇族方にも好まれた温厚ぶりにつながるのだろう▼教授から判事になり、殺人事件の死刑判決に関わった時だ。退廷時、傍聴席から「人殺し!」の罵声を浴びた。被告は犯行を否認していた。「一抹の不安があったから、こたえました」▼自ら起案した刑訴法によれば、例えば重大な事実誤認がないと原判決は覆せない。されど裁判官も人間、誤りもある。学者ではそれが見えなかったという。死刑廃止論に転じてからは「戦争がいけないのと同じ」と譲らず、卒寿を超えても訴え続けた▼あすの葬儀は、最高裁や皇居にもほど近い聖イグナチオ教会で営まれる。刑死者の中にも、悔い改めて天に召された者がいるはずだ。古来、冤罪(えんざい)による非業の死もあろう。梅雨空の上で、各様の思いが先生の到着を待つ。
2012年6月29日(金)付
 今年の日本ダービーを走った18頭のうち、優勝馬を含む7頭がディープインパクトの子だった。名馬2世の活躍に思うのは血統の底力だ。ひたすら速さを追求して300年、サラブレッドの品種改良はすでに芸術の域とされる▼愛玩用の小型犬など、人の都合で細工された生き物は多い。こんどは、飛ばないテントウムシだという。野菜につくアブラムシをとことん食べさせる作戦である。もぞもぞ群れるだけのアブラムシ、天敵に腰を据えられてはお手上げだろう▼害虫退治に天敵を使う「生物農薬」の発想は前からある。ただ、肝心の益虫が作物に居ついてくれないと始まらない。テントウムシも、移動させない工夫が必要だった▼近畿中国四国農業研究センター(広島県福山市)などは、ナミテントウという種類から飛ぶ力の弱い個体を選び、交配を続けた。30代目あたりで、どれもトコトコ歩くだけになったという。試しに畑やハウス内に放つと、アブラムシの増殖が抑えられた▼飛ばない性質は子に継がれる。幼虫も大食らいで、代々「住み込み」で働いてもらえば効果は大きい。ごく狭い土地で生を終えるため、生態系への影響も限られるという。農家には朗報、駆除される側にはとんだ発明である▼だがどんな生物も、進化という自前の品種改良を重ね、しぶとく生き残ってきた。なにせアリを用心棒に雇うほどの知恵者である。恐ろしさを増した天敵に食われ続けるうちに、畑のアブラムシには羽が生えるかもしれない。
2012年6月30日(土)付
 あのレバ刺しも本日でつまみ納め。こよなく愛す「レバサシアン」のぼやきが週刊朝日にあった。「食べられるなら消費税が20%になってもいい」と。増税政局に揺れた6月の言葉から▼沖縄「終戦」の月。慰霊の日の追悼式で、首里高3年の金城(きんじょう)美奈さんが自作の詩を朗読した。〈67年前を生きた人々の後ろに/私たちは続いている/私たちにできることは/あの日を二度と呼び戻さないこと/私たちに必要なことは/あの日を受け止めて語り継ぐこと〉▼広島で被爆し、12歳で逝った佐々木禎子(さだこ)さんの折り鶴が、ハワイのアリゾナ記念館に贈られる。「真珠湾攻撃で戦争を始めた国と、原爆で終わらせた国。互いに遺恨を捨て、心の終戦を目指したい」と兄の雅弘さん(70)▼小沢グループなどの造反で民主党は分裂状態に。小沢氏の慰留に努める輿石幹事長の周辺は「この期に及んで離党は止められない。別れの儀式を丁寧にやっている」。野田首相の党首力が問われる▼大飯原発は再稼働へ。北海道で反原発を訴える斉藤武一さん(59)が嘆いた。「この夏は原発なしでどうなるか検証してみよう、という決断を下せば、それこそ総理のリーダーシップなのに」▼宮城県石巻市の渡波(わたのは)小。児童は離散、震災前の6割に届かない。再会の場ともなった運動会で、6年生の菅野光華(みか)さんがぽつり。「モノは新しいのと代えられるけど、遠くに行った友達はそうはいかない」。あれ以来、代えが利かないものを大切にしている自分に気づく。
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